第31章 見えない壁
(斬られる!)
恐怖で体が竦んで動けないでいると、
「父上、おやめください!」
聞き覚えのある声がして、その男性の動きを止めてくれた。
「あっ、葵?」
体が震えて、僅かに顔を動かして葵を見る。
「アヤ、大丈夫?」
力の入らない私の体を支える様に、葵が私とその男性の間に立ってくれた。
「何だ葵、その娘とは知り合いか」
太く低い声で男性が刀から手を離した。
「アヤは、お城で共に勉強をしている仲間で、信長様の最愛のお方です」
「御館様の?」
葵が父上と呼ぶその男性は、顎に手をあて、私を上から下まで探るような目で見た。
「あぁ、最近どこかからか連れて来た、御館様の情婦か」
ニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべた。
「父上、お言葉が過ぎます!アヤは織田家ゆかりの姫君で、私の大切な友人です!」
「葵、お前は何の為にこの城に勉強会と称して出仕しているのだ。この様な何処の馬の骨ともわからぬ小娘なんぞとつるみおって、あまりこの父を失望させるでない!」
「父上!」
いつも凛として、何事にも動じない葵が、こんなにも感情的に怒るのを初めて見た。
私は、織田家ゆかりの姫君なんかではない。そんな私のために、実の父に言い返している葵に申し訳なさが募った。
「葵、もういいの。私がよそ見して歩いていたから」
「アヤ」
私と男性の間に入っていた葵の横に立ち、その男性に向き深く頭を下げた。
「無礼をお許しください。申し訳ありませんでした」
「ふんっ、貴様は織田家ゆかりの姫君なんかではない、御館様が勝手にそうしているだけだ。城の者はみんな言っている、どこでも体を開いて御館様を惑わす娼婦だと」
「父上なんて事を!」
「いずれ御館様は高貴な姫君をご正室に迎えられる。そうなればこんな小娘はお払い箱だ。葵、分かったらそれ以上その情婦に関わるな!」
ふんっと、私を一瞥して男性は去って行った。