第22章 帰路
信長様を見送った後、口づけを見られた気まずさはあったものの、村長さんから村の状態を聞いて、私はとりあえず動くことにした。
「大きな鍋はありますか?ありったけの鍋でお湯を沸かしましょう」
村人は皆んな泥だらけで、このままだと感染病を引き起こしそうだ。
「あっ、そうだ」
自分の荷物から金平糖の入った瓶を取り出す。一粒は小さいとは言え、砂糖の塊みたいなものだから、非常食として役に立ってくれるはず。
「これを、皆さんで食べて下さい」
「姫様、これはなんでしょうか」
不思議そうに瓶詰の金平糖を見るみんな。
「私は、姫ではありません。アヤと言います。これは金平糖。砂糖菓子です。糖分は大切な栄養となります、ゆっくり口の中で転がしながら食べて下さい」
瓶を村長らしき人に渡して託す。
「お湯が湧きました」
村人の声が聞こえた。
「分かりました。一つは、皆さんの今着ている着物を脱いで煮沸消毒しましょう。もう一つの鍋は飲用水として、白湯として飲んで、水分補給をして下さい」
目立ったけが人や、気分の悪い人はいないみたいだから、あと、私のできる事は一つしかない。
「私は、針子なんです。繕って欲しいものや、着物とか、何でも縫いますので言ってください」
信長様、私、何も出来ないけど頑張ります。だから、早く帰ってきて下さいね。
その後も何度も湯を沸かしては皆んなの服を一緒に洗って、干して、白湯を配って、着物を繕う。そうこうしているうちに、日も暮れ始めた。
「アヤ様、我々も大分落ち着きました。そろそろお休み下さい」
村長さんが声をかけてくれた。
「ありがとうございます。でも、もう一度だけ、橋の所まで行って来てもいいですか?」
安土まで、どれほど掛かるのかは分からないし、準備にもきっと時間がかかるはず。お昼に出て、夕方にこっちに戻ってこれるはずなんかない事は分かってる。でも、1%の期待を込めて丸太の橋まで足を運ぶ。
信長様とあの丸太橋を渡ったのはほんの半日前なのに、随分と昔の事の様に思える。
「信長様」
神に祈るように手を拳に握って声を絞るように信長様の名前を囁く。
暫く祈っていると、馬の蹄の音が聞こえて来た。
「もしかして」
顔を上げて、川の向こう岸を見ると、
「待たせたなアヤ」
信長様が馬に跨り、不敵な笑みで戻って来た。