第22章 帰路
「ふふっ」
嬉しさ一杯の顔をしながらアヤは俺に腕を巻きつける。
「どうした、ご機嫌だな」
「だって、お城に帰るまでは信長様を独り占めできるなんて嬉しくて」
巻きつけたアヤの腕に力がこもる。
「そんな事で機嫌が良くなるなんて、単純な奴だ」
今すぐにでも抱きしめてやりたいが、馬上なのが残念だ。
「少し寄り道をする」
「寄り道?」
「先の大雨でこの先の村が洪水と土砂崩れに見舞われたらしい。状況を見ておきたい」
「洪水に土砂崩れなんて、住民の人、大丈夫なんでしょうか」
ぶるっと身震いをして、不安そうな顔をする。
「分からん。天災だけは防ぎようがないからな」
「そうですね。私のいた時代でも、台風や大雨は事前に来ることが分かりましたけど、だからと言って来る事を阻止できるわけではなかったですから」
「ふっ、」
「えっ、今笑うとこでした?」
「いや、何でもない。」
人の事に気を取られて、『何でも願いを聞いてやる』と言う昨夜の約束はすっかり忘れているらしい。貴様らしくて可笑しくなる。
進んでくうちに、道の状態が悪くなってきた。
道の両側には、田畑があったであろうと思しき荒地が見受けられたが、ここまで浸水したのか泥につかった状態のままだ。
「小屋が、崩れてます」
アヤが難しい顔をして呟いた。
「ここの村人の住処だな」
「えっ?」
信じられないと言った顔で、アヤはその小屋を凝視する。
「ここに住んでいた人は大丈夫でしょうか」
本人は気づいていないようだが、不安になるとアヤは、いつも俺の着物を掴む。
「分からん。もう少し進むぞ」
着物を掴むアヤの手を握って馬を進めていくと、橋が流されており、その横に、大木を横たわらせた簡易的な橋が作られていた。
馬を止め、アヤを抱き抱えて降りる。
「様子を見てくる。貴様はここで待て」
「私も、一緒に行きます」
「ダメだ、丸太の橋は貴様には危なすぎる」
「大丈夫です。私、子供の頃から平均棒は得意だったんです」
「平均棒?」
またおかしな事を。
「細い棒の上を、落ちずに歩く遊び道具です。上手だったんですよ」
得意げに言って、アヤは自分の着物の裾を捲り上げた。
細くしなやかな脚を露わにして、俺の後について丸太に乗ってきた。