第21章 於市
「今はもう怖くないって事?」
「今は、優しい人だって分かってるから。信長様との些細な時間を大切にしたい。信長様が少しでも安らげる場所になれるなら、そうありたいんです」
「そう。兄上様を受け入れてくれたのね」
ふっと、優しい笑顔がお市から溢れた。
「言ってもいいのかしら、その、アヤの身体中の痕は兄上様が?」
信長様以外と湯浴みをする事なんてないと思ってたから、すっかり忘れてたけど、抱かれる度に付けられる所有痕が新旧合わせて無数に身体に刻まれていて、お市にそれを見られてしまった。
「あのっ、」
急な恥ずかしい指摘に言葉が出ず、私はこくんと頷いた。
「はぁー、あの兄上様が人を愛せる日が来るとは思わなかったわ」
お湯越しに、私の身体をまじまじと見ながらお市が感嘆の声を上げる。
「そうなんですか?」
「そうよ。兄上様にとって女は一夜限りの玩具みたいなもので、一緒に住んでいた頃は、毎晩の様に違う女性を連れていたし、間違っても痕を残す様な独占欲を見せたりはしなかったわ」
恥ずかしさと、嬉しさが入り混じり、私は顔の半分をお湯に浸けて誤魔化した。
「今日実際に兄上様にお会いして、アヤとの仲睦まじい姿を見て安心したわ。アヤ、兄上様の事、よろしくお願いします」
お市はそう言うと、軽く頭を下げた。
「わっ、そんなっ、私の方こそ、何もできませんが、信長様を思う気持ちだけは誰に負けません。よろしくお願いします」
私も慌てて頭を下げる。
「クスッ、アヤは本当に可愛いのね。兄上様が骨抜きにされるのも分かる気がする」
そう言いながら、お市は綺麗な笑顔を見せた。