第21章 於市
「兄上様、長女の茶々でございます」
女中さんから赤ちゃんを受け取り、お市様が信長様に赤ちゃんを抱っこして見せた。
「茶々か、良い名だ。幼き頃の市に良く似ておる」
信長様はそう言って、赤ちゃんを抱っこした。
「わぁ。可愛い」
思わず私も愛らしい赤ちゃんに感嘆の声を漏らす。
産着の上に朱色の艶やかな着物に包まれて、その赤ちゃんは信長様の腕の中で笑っていた。
「小さくて軽いな」
優しい眼差しで赤ちゃんを見る信長様。こんな顔も出来るんだと、新しい発見だった。
「尾張の平原を駆け回っていた貴様が母とはな。しかと育て上げよ」
いたずらな笑顔をお市様に向けながら、信長様は赤ちゃんをお市様に渡した。
「昔の話は余計です。でも、ありがとうございます兄上様」
ばつが悪そうに微笑むお市様の顔はすっかり母の顔で、受け取った赤ちゃんを愛おしそうに見つめた。
「義兄上、今宵はささやかですが、宴をご用意致しました。準備が整うまでアヤ殿とお部屋でおくつろぎ下さい」
長政様に促され、私達は一旦用意された部屋へと移動した。
「........っ」
部屋へ入ると、当たり前の様に布団が一組しか敷かれていなくてどきりとした。男女二人旅だし、今更だけど、そういう関係だとやっぱり思われるんだ。
チラッと信長様の方へ視線を向けるけど、何食わぬ顔でくつろいでいる。
「アヤ、こっちへ来い」
信長様は私を呼んで手を引っ張る。
私を座らせて、私の膝の上に頭を乗せて寝転んだ。
「赤ちゃん、可愛かったですね」
信長様の髪を撫でながら先ほどの赤ちゃんと信長様の顔を思い出す。
「何だ、貴様も欲しいのか」
「ちっ、違います。そんなつもりで言ったんじゃ」
慌てて頭と手を振って否定する。
「冗談だ。俺は貴様だけいればいい」
襟をクッと引き寄せられて、優しく口付けられた。
信長様が好き。赤ちゃんは可愛いけど、まだそんな事まで考えられないし、そこに行くには大きくて高い壁がある気がする。気持ちだけではどうにもならない日が来るかもしれないけど、今はまだ考えずにいたい。
やっと落ち着いた私たちの関係にもう少しだけ浸っていたい。
「大好きです。信長様」
信長様から離れた唇を、私は再び重ね合わせて、少しだけ波だった心に蓋をした。