第2章 棘
秀吉と城下の視察を終え、城に帰る途中の信長は、着物を投げ落とした時のアヤの表情を思い出し顔をニヤつかせていた。
「アヤのことですか?」
秀吉が質問をする。
「ほう、なぜアヤの事だと思う」
(俺の考えている事が貴様になぜ分かった。)
「いえっ、最近の信長様は、アヤの事だと楽しそうに笑っておられますので」
言ってはいけない事だったのだと思い、慌てて秀吉は頭を下げた。
(笑っている。この俺が?)
「ふんっ、あやつは一緒にいて退屈せんからな。実に面白い女を拾ったものよ」
(着物一式を捨ててやった時の奴の顔、あのように俺を睨む女はアヤ以外おらん。
女など、見目形さえ良ければそれで良いと思っていたが、アヤは底が知れん。震える体で必死に俺を受け止めるくせに、俺には屈しないと無駄な抵抗をし続ける。あやつを啼かせるのは楽しみでならん。あのまま大人しく部屋で待っているとも思わんが、アヤ、貴様がどう立ち向かってくるか、見ものだ。)
帰城し、門番に馬をあずけ、心なしか早足で城門をくぐると、見たことのある着物が、中庭を動いていた。
「あれは、信長様のお召し物では」
小柄なアヤには、大きすぎる信長の着物はアヤの全身を覆い、遠くから見ると、着物だけが動いているようだった。
「信長様はここに。俺が行ってみてきます」
秀吉が行こうとすると、信長は手でその動きを止めた。
「よい。あれはアヤだ。貴様は今日はもう下がれ」
本人はどれだけ気づいているのだろう。
秀吉から見れば、それは嬉しそうに笑う信長が、チョロチョロと動く着物(アヤ)の方へと歩いて行った。