第12章 二人の距離 前編
廊下に連れ出され、家康が口を開く。
「その顔やめなよ」
「えっ?」
「眉間に皺。考えてる事が全部顔に出てる」
「うそっ」
私は確認するように慌てて顔に手を当てる。
「ほらっ、だから今も顔がずっと強張ってる。あんたの行動一つで、この城の雰囲気が変わるって自覚ある?」
ため息をつきながら家康が話す。
「言ってる意味がよく分からないよ。お城の雰囲気を左右するのは信長様でしょ?」
(私には何の力もないのに。)
「はぁーほんとあんたって、鈍感だね。その信長様の気分を左右してるのがあんたの存在でしよ?あんなにいつも人目をはばからずなくせに、今朝は別々に朝餉に来て殆ど目も合わせないなんて、何かありましたって言ってるようなもんだよ」
「っ、そんな事、言われたって」
「もしかして、信長様の過去の戦や今回の件を聞いたの?」
こくりと頷く。
「それで、あの人が怖くなって避けてるって事?」
静かだけれど、怒りを含んだ声で家康が痛いところを突いてくる。
「私は、ただ罪のない人を殺して欲しくないだけ。例え罪人でも、他に方法があるんじゃないかって」
「世の中みんながあんたみたいな考えならそれも可能だろうね。でもここは乱世だ。俺も、俺の国や民を守る為なら敵を皆殺しにする。あんたが今、綺麗な着物を着て美味しいものを食べていられるのも、信長様が必死に戦って守ってくれてるからでしょ」
「っ、」
何も言い返せない。家康は多分正しい。この乱世を生きるとはそういう事だ。
「あんたに覚悟がないとは知ってたけど、信長様を思う気持ちは本物だと思ってた」
一番痛いところを突かれて、ノックアウトだ。
好きなのに、怖いとか思うのは覚悟が足りないからなの?この先、信長様と生きていくには、人の生き死にに蓋をして笑っていかないといけないの
?
「家康の言う通りかも。私には何の覚悟もなかったみたい。教えてくれてありがとう」
何とか答えを返して、ふらっと自室へと戻る。
私はどんどん追い詰められていった。