君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第11章 pesante
その後も酒は進み…
自分でも、流石にこれ以上はまずい、そう思って俺は松本を一人個室に残し、スマホだけを手にトイレに席を立った。
同じだけ…いや、俺より遥かに量を飲んでいる筈なのに、松本は平然とした顔をしているんだから大したもんだ。
それに比べ俺は…
思った以上に酔っ払っているのか、足元に覚束無さを感じたが、何とか用を足し、松本の待つ個室へと向かおうとしている時だった。
「翔?」
穏やかなクラシック音楽が流れる店内で、俺は声をかけられて足を止めた。
そして振り返った瞬間、俺は酷く後悔した。
振り返るんじゃなかった、と…
「や、やあ…、奇遇…だね…」
勿論酔っていたせいもあるけど、それ以上に動揺してたんだと思う…
俺の口から出たのは、とても間抜けな一言だった。
「珍しいじゃない、貴方がこんな店に来るなんて…。一人?」
何かを探るような目が、俺の背後に向けられる。
「いや…、友人と…」
「もしかして…、この間の彼? ほら、花火大会で一緒だったでしょ?」
「違うよ…、会社の同僚で…、前に話したことがあっただろ、同期の…」
嘘はついていない。
でも彼女の目は勘ぐるように細められ、俺と付き合っていた頃には見たこともない、真っ赤な口紅を塗った唇の端を僅かに上げた。
そして膝の上にかけていたナフキンを丸めてテーブルの端に置くと、連れの男性に「ちょっと失礼」とだけ言って席を立った。
どうするつもりだ…
訝る俺の腕に、口紅と同じ色の爪をした指が絡みついた。
「な、何のつもり…?」
「ふふ、貴方のお友達なら、ご挨拶しないとね?」
「は、はあ? 」
引き止める間もなく、彼女はピンヒールの踵をコツコツと鳴らし、俺の腕を引いた。
「ちょ…、ちょっ…、困るって…」
「あら、どうして? ご挨拶するだけよ?」
俺を理由もなくフッておいて、この期に及んでどうして松本に挨拶を…?
そもそも俺と彼女の間には、もう何の関係もない筈だ。
なのにどうして…