君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第10章 trill
俺はどうにか空気を変えたくて、スマホに『櫻井さんをフルなんて、あの人見る目ないね』と打ち込み、櫻井さんに差し出した。
櫻井さんはそれを見るなり、少しだけ驚いたような顔をして、それからその厚い胸の中に俺を抱き込んだ。
上向いた視界に、静かに陰が落ち、微かな熱を含んだ風が頬を撫で、俺は静かに瞼を閉じた。
まさか櫻井さんの腹の虫に邪魔されるなんて、全く思わずにね(笑)
でもそれが良かったのかな…、それまで俺達の間にあった空気はすっかり…とまではいかないまでも、少しは軽く和らいだ物に変わった。
「こんな時間だし、弁当でも買って帰ろうか?」
櫻井さんの提案で、俺達は駅前のコンビニに寄り、それぞれ好きな弁当と、お預けだったビールを、次々カゴの中にいれた。
食後のデザートも、忘れずにしっかりカゴの中に入れた。
その間も俺の笑いは止まることなく、櫻井さんと目が合う度、櫻井さんが口を尖らせる度、込み上げて来る笑いを必死で堪えた。
そうしてコンビニを出た俺達は、当然のように俺のアパートに向かって歩き始めた。
でもふと思ったんだ…
櫻井さんが俺の部屋に来るのは、今日を入れると三回目。
なのに俺が櫻井さんの部屋に行ったことは、一度もない。
それって狡くない?
俺は歩を止めると、櫻井さんの胸をツンと指で突っついた。
「どうしたの?」
首を傾げる櫻井さんの腕を引き方向転換する。
俺がどうしたいのか、そこで漸く気付いた櫻井さんは、ちょっとだけ慌てた素振りを見せたけど、渋々…かなり渋々ではあったけど、俺が櫻井さんの部屋に行くことを了承してくれた。
駅前のロータリーに停まっていたタクシーに乗り込み、行き先を告げた櫻井さんと、ブリーフケースの下でこっそり手を繋ぐ。
別に悪いことをしているわけでもないのに、心臓がバクバクと鳴って、自然と頬の筋肉が緩んだ。
だって、ニノとは高校を卒業してからすぐ一緒に暮らし始めたから、ホテルを利用することはあっても、恋人の家に行く…ってのは、初めてのことだったから…