君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第9章 tempo rubato
顔を背けても背けても、覗き込んで来ようとする松本を押しのけ、グラスのコーヒーを一気に飲み干した俺は、スーッと息を吸い込んだ。
「キス…はしたかな…」
「うっそ、マジで?」
目ん玉が落っこちるんじゃないかってくらいに目を見開き、松本がビタミンCたっぷりのフルーツジュースを啜った。
しっかり小指が立ってるのが、ちょっと気になるけど…
「え、じゃあ何? キスしちゃったから返事聞けなかった、ってこと?」
まあ…、簡単に言うとそうなる、かな…
俺は無言で頷いた。
「ふーん、そっか…。でもさ、別に智は拒んだりはしなかったんでしょ?」
「それは…なかったと思う…」
表情を見れたわけじゃないから、彼がどんな顔をしていたかは分からないけど…
「だったらさ、OKってことなんじゃない?」
「そ、そう…なのか?」
「うん。だって、俺が知る限りの智は、仮に遊び半分だったとしても、そう言うの簡単に受け入れる奴じゃないし…」
松本がいつから大野君を知っていたのかは知らないが、俺よりは遥かに彼のことを知っている松本が言うのだから、多分間違いはないと思う。
「でもさ、やっぱり気が早かったかな、ってさ…」
知り合って間もない上に、彼は恋人を亡くしたばかりなのに、ポッカリ空いた隙間に付け入るような真似は、俺としてはしたくなかったことで…
だから性急過ぎたんじゃないか、って後悔もなくはない。
「櫻井の気持ちも分かんなくはないけどさ、俺はそれで良かったと思うよ?」
「そう…か…?」
「だって、返事を待つのももどかしくなるくらい、智のことが好きだったんでしょ?」
うん…、俺自身も気付かないくらい、好きになってた…
「放っておけなかったんでしょ?」
うん…、静かに涙を流す彼を、一人にはしておけない、って思った。
「だったら当たって砕けろだよ(笑)」
いや…、砕けてはないけど…?
「まあでも、これでちょっと安心した…ってのは変だけど、ホッとはしたかな、俺も雅紀も」
濃い目の顔に、柔らかな笑みを浮かべ、そっと席を立った松本は、空になったグラスを二つ手に持ち、個室を出て行った。