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君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】

第7章 adagio


自転車を駐輪場に停め、大野君が振り返る。

その顔が酷く寂し気に見えて…

とうしてそんな顔をするのか…、理由を聞きたくなる衝動に駆られるけど、喉元まで出かかった言葉を飲み込んで、

「じゃ…、俺帰るから…。あ、もし…本当に“もし”で良いんだけど、気が向いたらメールして? 俺、待ってるからさ」

それだけを言うと、軽く手を振って大野君に背を向け、今来た道を引き返そうと一歩を踏み出した。

その時…

「えっ…?」

汗で湿ったシャツの背中を引っ張られ、俺は二歩目を踏み出すことなく後ろを振り返った。

「大野…君…?」

今にも泣き出しそうな顔…

少なくとも俺の目にはそう映った(実際は恥ずかしかっただけみたいだけど…)。

「どうしたの? 早く帰らないと心配するよ?」

いくら仕事とはいえ、こんな時間まで恋人が帰らないとなったら、俺なら気が気じゃなくて、それこそ捜索願いも辞さないところだ。

「ほら、早く帰って上げな?」

本音を言えば、このまま大野君を恋人の元へ帰したくない。

でもそれは大野君に恋人がいる以上、到底許されないこと。

俺はシャツをギュッと握る手を解き、猫背気味の背中を軽く押した。

でも大野君は微動だにすることなく、首を何度も横に振ると、俺の手を掴み、建物の丁度二階部分を指差した。

それが何を意味するのか分からない俺は、当然首を傾げ、大野君の口元を覗き込んだ。

「“き・て”? えっと…、間違ってたらゴメンなんだけど…、俺に着いて来いって言ってる?」

まさかそんな筈はない、って…
ありえない、って…

そう何度も自分に言い聞かせるけど、 目の前の大野君はさっきまで横に振っていた首を、今度は縦に変えて振っていて…

嘘…でしょ?
だって大野君の部屋には…

いくら大野君のことが好きでも、恋人の待つ部屋に足を踏み入れるなんて、俺はそこまで肝の座った人間でもないし、無粋な真似をする程野暮な男でもないつもりだ。

「ゴメン…、それは出来ないよ…」

俺はキッパリ断った…つもりだった。
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