君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第6章 amabile
「あ、ごめん…」
自分が俺の手を握ったままだってことに気付いてなかったのか、慌てたようにパッと俺の手を解放する櫻井さん。
昨日も同じようなことがあったような…
もしかして櫻井さんて、真面目そうな顔してるけど、実はけっこう天然なのかも?(笑)
思わずプッと吹き出した俺を、首を傾げて見つめて来る櫻井さんに、俺は笑いを堪えながら“なんでもない”と首を横に振った。
「着替えておいで? 俺、待ってるから」
酒が入っているせいか、若干潤んだように見える目が細められ、俺の心臓がドクンと跳ね上がる。
ニノ、ごめん…
俺、やっぱり櫻井さんのこと好きだ…
俺は赤くなった顔を見られたくなくて、急いで席を立つと、飛び降りるように小上がりから降り、更衣室へと駆け込んだ。
途中、
「早くしないと櫻井帰っちゃうからね(笑)」
なんてさ、潤さんの揶揄うような声が聞こえたけど、それだって全然気にならない。
更衣室に入った俺は、余計なことを考える暇もなく、着ていたユニフォームを脱ぎ、適当に丸めてリュックの中に突っ込んだ…けど、すぐに取り出して、簡単に畳直してから、再びリュックに突っ込んだ。
「だらしないんだよ、智は…」
いつもニノに言われてたのを、不意に思い出したからだ。
俺はサッと着替えを済ませると、随分前からロッカーに置きっぱなしになっていた傘を手に取った。
いつだったか、傘なんてなくたって平気だって言った俺に、ニノが強引に買って寄越した物だ。
結局俺は、他の誰を好きになったって、ニノを忘れることは出来ないし、ニノの存在をなかったことには出来ないんだ。
好き同士ではあったけど、心から愛し合ってたわけじゃないし、でもお互い同じ悩みを持つ者同士、痛みだって共有してきたし、何よりニノと一緒にいる時間は、辛いことも沢山あったけど、それ以上に楽しかった。
そんなニノを、俺は忘れることなんてきっと出来ないだろうし、俺の記憶から消すことだって…
なのに今、俺は櫻井さんが差し出してくれる手を取ろうとしている。
本当にそれでいいのか…、心に悶々とした物を抱えたまま、俺は更衣室を出た。