君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第6章 amabile
更衣室を出た俺を、待ちかねたように、雅紀さんと潤さんのニヤケ顔が出迎える。
つか、絶対面白がってるよな、二人…
唇を尖らせ、キッと二人を睨んだ視界の端で、数枚の千円札を財布から抜き取り、テーブルに置いた櫻井さんがゆっくりとさした仕草で腰を上げるのが見えた。
「遅くなるといけないし、行こうか?」
うん、と頷いた俺を見てニコッと微笑んだ櫻井さんは、ニヤニヤする二人に軽く頭を下げると、俺の腰に腕を回した。
その仕草がなんとも自然で暖かくて…
俺はつい顔を緩んでしまいそうになるのを隠すように、俯いたまま照明の落ちた店のドアを押した。
…けど、俺の顔が緩んでいたのはそこまで…
外に出た瞬間、俺の顔は膨れっ面に変わった。
俺だけじゃない、櫻井さんも眉を八の字にして苦笑を浮かべている。
それもそうだ…
傘を手に店を出た俺達を待ち受けていたのは、今にも泣き出しそうな雨雲でも、まして星一つ瞬かないような雨空でもない、満点の星が煌めく晴れた夜空で…
また騙された…
俺は咄嗟に店に引き返そうと踵を返すけど、櫻井さんの手がそれを引き止めた。
「一杯食わされたみたいだね、俺達」
そう言って笑う櫻井さんに、俺は口の動きだけで「ごめんなさい」と言うと、櫻井さんはそっと瞼を伏せ、首を横に振った。
「どうして謝るの? 俺は寧ろ、こうして君といられることに感謝したいけど?」
櫻井さんの言葉に、俺の中から怒りの感情がスーッと消えて行く。
確かに櫻井さんの言う通りかもしれない。
こうして少しでも櫻井さんと長くいられるなら…、騙されたのは…、正直腹も立つけど、許せるかなって…
「行こうか?」
櫻井さんは極自然に俺に右手を差し出すけど、残念なことに俺はその手を取る事が出来ない。
明日のことを考えると、自転車を置いて行くわけにはいかない。
俺は仕方なく自転車を引くと、櫻井さんは俺の歩くペースに合わせて、歩を進めた。
特に交わすことのない会話…、でも櫻井さんと並んで歩く時間は、とても幸せだった。