君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第26章 番外編☆dolce
雅紀さんと潤さんに挨拶を済ませた俺達は、来る時とは反対に向かう電車に乗り、漁港のある町へと戻った。
たった二日間離れただけで、潮の匂いが懐かしく感じて…
俺は駅のホームに降り立つと同時に、胸いっぱいになるまで息を吸い込んだ。
「行こうか?」
翔さんがボストンバッグを肩にかけ、俺に右手を差し出す。
俺はその手を黙って握った。
人の視線を気にすることもなく…
そうして二人で肩を並べ、いつもの別れ道までゆっくり、いつもの倍時間をかけて歩いた。
でも、丁度別れ道に差し掛かった時、
「じゃ…、俺こっちだから…」
それまで繋いでいた翔さんの手が、静かに離れて行った。
俺は急に冷たくなった指先が寂しくて…
「待って…?」
「えっ…?」
「俺ん家…、超ボロアパートだけど、それでも良かったら寄ってく?」
俺に背を向けた翔さんを咄嗟に呼び止めた。
「あ、でも疲れてるなら別にまた今度でも…」
「いや、寄らせて貰うよ」
「本当…に…?」
「当たり前だろ? せっかく智が招待してくれるんだから、断る理由なんてどこにもないだろ?」
そう言って翔さんの手が再び俺の手を握った。
いつもは一人で登る坂を、翔さんと肩を並べて登り、一人で上る階段を二人で上がる。
ただそれだけのことが凄く新鮮で、嬉しくて…
俺は、つい緩んでしまいそうな顔の筋肉を必死で引き締めた。
「ここ、俺の部屋」
言いながら部屋の鍵を開けドアを開くと、窓も全部締め切っていたせいか、篭った空気が一気に溢れ出して…
「ちょっと寒いけど、窓開けるね?」
俺は翔さんを玄関に残したまま、キッチンの換気扇を回し、締め切っていた窓を全開にした。
狭い部屋の中に、潮の匂いを含んだ風が流れ込んだ。