君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第26章 番外編☆dolce
フロントで受け取ったカードキーを使って、翔さんが部屋のドアを開ける。
先に部屋に入った翔さんが壁のスイッチを押して、真っ暗な部屋に照明を灯した。
「入って…?」
開かれたドアのその先へ足を踏み入れることを躊躇う俺に、翔さんが後ろを振り返ることなく言う。
「…うん」
俺は小さく頷くと、廊下に貼り付いたようになった足を漸く動かした。
その後ろで、パタンとドアが閉まり、同時にロックのかかる音がした。
カードキーをライティングデスクに置き、翔さんが脱いだコートをハンガーラックに吊るした。
でも俺は、部屋の入り口に突っ立ったままで、やっぱり動くことは出来なくて…
俺はリュックの肩紐を握り締めたまま、唇を噛みしめた。
こんな筈じゃなかったのに、って…
あんなに楽しみにしていたのに、って…
まるで…
そう…、声を失くしたあの時のように、ずっと押し黙ったままで…
「こっちに来て座ったら?」
窓辺に置かれた一人掛けのソファに腰を下ろし、ネクタイを緩めた翔さんが、溜息を一つ落として長い足を組んだ。
俺は促されるまま、向かいのソファに腰を下ろすと、手に持ったままのリュックを抱えた。
「晩飯までまで少し時間があるな…。何か飲むか?」
腕時計にチラリと視線を落とし、翔さんが腰を上げ、備え付けの冷蔵庫を開けた。
でもそこには何も入って無くて…
「失敗したな…。こんなことなら何か買って来るべきだった…」
溜息混じりに言うと、仕方なしにアメニティとして置いてあるコーヒーのパックをカップに開け、ポットの湯を注いだ。
いつも翔さんが好んで飲むのとは違うコーヒーの香りが、重苦しい空気の中に漂い、湯気の立ち上ったカップが、俺達の間にある小さなテーブルの上に二つ並べられた。