君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第26章 番外編☆dolce
「あちこちして疲れただろ? タクシーにしようか…」
翔さんが駅前のロータリーに並ぶタクシーの列を指す。
けど、その顔に笑顔はなくて…
俺は黙って翔さんの意見に従った。
疲れてなんかない…
そりゃ、深夜に仕事を終えて、寝る間もなしに早朝の出発だったし、百段を超える石階段に足を棒にしたけど、疲れた…なんて全然思わなかった。
もし“疲れた”と思う瞬間があったとしたら…
それは、こんなに近くにいるのに、指先一つ触れることなく、言葉を交わすことすらなく、タクシーに揺られている“今”なのかもしれない。
車窓の風景に視線を向けながら、居心地の悪さに耐えていると、俺達を乗せたタクシーが、吸い寄せられるようにホテルの車寄せに停まった。
「ありがとう」
自動的に開いたドアから、翔さんが先に降りる。
いつもなら、俺が降りるまで待ってくれるのに、今日はそれもない。
俺は、翔さんが受け取らなかった釣り銭を代わりに受け取ると、先にホテルの自動ドアを通った翔さんの背中を追いかけた。
フロントで受付けを済ませ、部屋のカードキーと一緒に、預けていた荷物を受け取り、二人でエレベーターに乗り込む。
そう広くはない密室の空間…
息が詰まりそうな時間が、まるで永遠に続くかと思うくらいに、とても長く感じて…
話しかけようとするけど、答えてくれなかったらと思うと出来なくて…
ならばと思って、翔さんに向かって手を伸ばすけど、もし振り払われてしまったら、と思うとそれも躊躇ってしまって…
結局、エレベーターのドアが開くまでの間、俺は今にも泣き出しそうになる気持ちを、必死で抑え込むことしか出来なかった。