君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第24章 tempestoso…
北山に背中を押され、納得出来ないまま、俺は更衣室に入ると、油の匂いと生臭い魚の匂いが染み込んだシャツを脱ぎ、薄手のセーターとダウンを着込んだ。
海が近いこともあって、寒さが厳しいだろうと、潤さんが持たせてくれた物だ。
俺は脱いだシャツをリュックに押し込むと、店の裏口のドアを静かに開けた。
バイト君達が忙しくしてる中、俺だけ…ってのはやっぱり気が引けたけど、俺のせいで北山が雅紀さんに怒られるのも、何だか申し訳ないような気がして…
俺は店の外に出ると、早速スマホを取り出して、交換したばかりの連絡先を開き、画面をタップする。
たったそれだけのことなのに何故か緊張が込み上げる。
ああ、そうか…
メールでは何度も会話したことがあったけど、電話は初めてかも…
スマホを耳に宛て、コール音を聞きながら、緊張を紛らすように何度も深呼吸を繰り返した。
そして何度目かのコール音が途切れたその時、
「もしもし、智…?」
電話の向こうから翔さんの声が聞こえた。
「あ、うん…。今店出た」
「うん、知ってる」
「えっ…?」
「自転車…、変わってないんだな?」
言われて商店街の駐輪場に視線を向けると、腰まであるダウンに身を包んで、俺の自転車に凭れかかる人影があって…
俺はそれが翔さんだと気付いた瞬間、その人影に向かって駆け出していた。
「どうして…? ずっと待っててくれたの?」
さっきとは着てる物が違うんだから、そんな筈ないって分かっていても、そう聞かずにはいられなかった。
「本当はそうしたかったけど、流石にこの寒さじゃね…」
「ごめん、遅くなって…」
「気にしないでいいから…。だって仕事だろ?」
それはそうだけど…
「それよりさ、腹は? 減ってない?」
「うん…、大丈夫…だと思う…」
「そっか。じゃあ、帰ろうか…。鍵、貸して?」
翔さんが手を差し出して来るから、俺は慌ててダウンのポケットから自転車の鍵を取り出し、その手のひらに乗せた。