君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第24章 tempestoso…
嘘…、だろ…?
いや、そんな筈はない。
あの人がここにいる筈ない。
だってあの人は…
でもあの肩から背中へのラインは、確かにあの人…翔さんに似てる。
何度も忘れようとしたけど、結局忘れることなんて出来なかったあの人の後ろ姿…
違うかもしれない。
ただ似てるだけなのかもしれない。
きっとそうだ…、だって翔さんがこんな所にいる筈がない。
でももしかしたら…
俺は口から心臓が飛び出しそうな緊張を押し殺し、スっと息を吸い込むと、
「翔…さん…」
恐る恐る声をかけた。
聞こえないって…
俺の声なんて、店内の騒がしさに掻き消されて、絶対届かないって…、そう思っていたのに…
まるでスローモーションでも見ているかのように振り返ったその人は、俺がずっと会いたくて会いたくて…
でも会えなくて…
想うだけで胸が苦しくなるくらいに恋焦がれていた人で…
「どう…て…? ここ…に…」
いるの…?
言いたいのに、喉の奥に何かが詰まったような感覚がして…
「さと…し…? 本当に智なのか…?」
聞かれても答えられなくて…
徐々に霞んで行く視界の中で、俺に向かって伸びて来る手を振り払った。
駄目だ…、まだ駄目だ…
今の俺には、まだこの手を握る資格なんて…、ない。
俺は足をふらつかせながら後ずさると、まるで逃げるようにその場を後にし、転がるように店の外へと飛び出した。
店の裏口にしゃがみ込み、必死で呼吸を整えようと、口に手を当てるけど、やっぱりまともに息なんて出来なくて…
拭っても拭っても、決壊したダムのように溢れて来る涙に頬を濡らしていた。
その時、コツッ…と踵を鳴らす音が聞こえて…
「智…?」
掠れた声が俺の名前を呼んだ。
でも俺は顔を上げることが出来なくて…
ゆっくりと距離を縮めて来る足音に、俺はただただ抱えた膝に顔を埋めていた。
そして足音がピタリと止まった瞬間、俺がずっと求めていたあの人の腕が、俺をスッポリと包み込んでいた。