君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第4章 strascinando
雅紀さんが言いたいことなんて、わざわざ言われるまでもなく分かってた。
ニノを亡くして、おまけに声まで失くした俺を、雅紀さんがどれだけ心配してくれてるかってことだって、ちゃんと知ってた。
実際、喋れないってことが理由で困ることだってあるけど、元々口下手で口数の少ない俺からすれば、それだって慣れてしまえばどうってことなくて…
ただ、スマホへの打ち込みや筆談だけは、面倒に感じることの方が多いけど…
でも、今のアパート引き払って、雅紀さんの所に厄介になるつもりは、これっぽっちもない。
俺はメモ帳に、「それは出来ない」とだけ書いて雅紀さんに見せた。
「なんで? 俺の所に来れば金の心配だってしなくて良いし、何より智自身安心でしょ? 」
確かにそうかもしれない。
今までニノと折半で払っていた家賃だって、俺一人で負担するのは、正直不安でもある。
いつ治るかとうかも分かんないこんな状態で、仕事だってろくに出来ないだろうし…
だけどさ…
良い思い出なんて特別ないけど、俺はニノと暮らしたあのアパートを離れたくないし、何より雅紀さんの所に行けば、当然あの人…雅紀さんの恋人と顔を合わせることになる。
それだけは勘弁だ。
俺は静かに首を横に振った。
「そっか…、残念だけど仕方ないね…」
諦め顔で肩を落とした雅紀さんに、俺は唇の動きだけで「ごめん」と言った。
そんな俺に、雅紀さんはやっぱり笑顔を絶やすことなく、
「気が変わったらいつでも言って?」
そう言うと、俺よりも幾分か大きい手で、俺の頭をポンと叩いた。
雅紀さんの手はいつだって優しい。
以前の…ニノと知り合う前の俺だったら…、間違いなく好きになっていたかもしれない。
でも今俺の心の大半を占めているのは、ニノでもなく、ましてや雅紀さんでもなく、櫻井さんだから…
俺は一旦上げかけた腰をまた下ろすと、メモ帳とペンを手に、あの雨の日に櫻井さんと出会ってから、ずっと櫻井さんのことが頭から離れないこと、そして今日、偶然にも櫻井さんと再会してしまったこと…全てを書き連ねた。