君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第22章 subito
あの日感じたデジャブのような感覚は、俺の勘違いでも、ましてや思い込みでもなかったんだ。
俺の中で疑念が確信に変わった。
「智?」
心配性の雅紀さんが松岡先生と同じようにして俺を覗き込むから、俺は二人の視線から逃れるように、両手で顔を覆った。
そして、乾いた喉にゴクリ…と一つ息を飲むと、時折息を詰まらせながら、声を絞り出した。
「翔さんと結婚したんじゃなかった…の…?」と…
でも良く聞き取れなかったのか、雅紀さんが「え?」と聞き返す。
俺は乱れた感情を落ち着けようと、何度も深い呼気を繰り返しては、両手で顔を覆ったままで天を仰ぐけど、そんなことで落ち着く筈なんてなくて…
「その人…、先せ…の奥さん…」
「彼女が…どうした?」
顔なんて見なくたって声だけで分かる…、松岡先生も俺と同じくらいに動揺している。
言いたくない…
松岡先生の愛した人が、嘗て翔さんが愛した人で…、二人は結婚する筈だった…、なんて言えるわけがない。
もし言えば、松岡先生が傷付くことになる。
俺はノロノロと腰を上げると、「ごめん…」とだけ言い残し、二人が引き止めようとするのも振り払い、まるで逃げるように診察室を飛び出した。
何度も足を縺れさせながら、人気の無くなった待合室を抜け、建物の外へと出た俺は、いつの間にか降り出したのか、雨で水気を含んだ芝生の上に膝を着いた。
何で…?
どうして…?
一体何がどうなっているのか…、まるで理解の追い付かない俺は、雨に濡れるのも構わず、その場に佇んだまま、濃いグレーに染まった空を見上げていた。
晴れたかと思えば突然曇ったりして…、まるで俺の心みたいだ…
そんなことを思いながら暫くそうしていると、パシャリ…と水を跳ねさせる音が聞こえて…
ゆっくり後ろを振り返ると、お気に入りのコートと、下ろし立ての靴を濡らした潤さんが、サングラスもなく俺を見下ろしていた。