君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第22章 subito
一度は革張りの椅子に深く沈めた松岡先生が立ち上がり、俺のすぐ真横の椅子まで移動すると、強引に俺の椅子の向きを変えた。
そして俺の鼻先を指で摘むと、
「但し忘れるなよ? 過ぎた時間は二度と戻ることはないんだ。お前が何度過去を振り返ろとしてもな? 分かるよな? お前は“今”を生きてんだからな?」
時折(…失礼か?)見せる真剣な表情を俺に向けた。
つか、ほっぺたといい、鼻といい…、さっきから痛てぇんだよ…
心の中で悪態を付きながら、でも「“今”を生きている」その一言が俺の胸に深く突き刺さった。
なのにそこから感じるのは痛みでも何でもなく、全ての傷を癒して行くような…温かさしか感じられなくて…
過去ではなく、今この瞬間を俺は生きている。
そして、この先もきっと“その瞬間”は、様々な色や形に変化しながら続いて…
その度に、泣いたり笑ったりを繰り返しながら、その瞬間を生きて行けば良いんだ、って…
その事に漸く気付いた時、俺の目の前にパッと明るい光が射したような気がした。
「俺、さ…、こんなだから、きっとまた同じこと繰り返すと思うんだ…。過去を振り返っては、後悔だってするだろうし…。でもさ、すげぇ時間かかるかもしんないけどさ、前に進んで行けたら良いな、って…さ…」
そうだ…、焦る必要なんてない。
「もしかしたら亀より遅いスピードかもしんないけどさ…」
今は不安しかないけど、それでも俺は俺のペースで、ゆっくり…、一歩ずつ前へ…
「それで…良いのかな…?」
スン…と鼻を鳴らし見上げた先で、松岡先生が大きく頷いて、俺の頭をクシャッと掻き混ぜる。
「良いんじゃねぇか、それで。お前は“お前”なんだから、変に変わろうとせずに、ありのままの自分で前に進みゃ良いんだよ」
言いながら松岡先生が席を立ち、革張りの椅子に再び身を沈める。
その時、さっきまで何度も間近で見て来た筈の指に、キラリと光るリングの存在に気が付いた。