第20章 delicato

どうしようもなく息苦しくて、重い空気が、しんと静まり返った部屋を包む。

そんな中、雅紀さんが静かに腰を上げ、後悔…からだろうか、隣で項垂れることしか出来ない潤さんを、これまで見たこともないような、冷ややかな視線が見下ろした。

そして、感情の一切を押し殺した声が、静寂を切り裂くように響いた。

｢それで…、和也が…いなくなって、潤は満足？｣

｢違っ…、俺は一度だってそんなことを思ったことは…｣

｢ない…って言えるの？ だって和也がいなくなれば良いって…そう思ってたんでしょ？｣

｢それは…。でも、俺は…｣

喉の奥から絞り出すような潤さんの声に、俺の胸がチクチクと痛む。

ニノがいなければって…、そう思ったのはきっと潤さんの本心。

俺には分かる…
俺も実際、翔さんに子供が出来たって分かった時、同じことを思ったから…

でも本当にいなくなれば良い…なんて、心から願うわけがないし、ましてや死んでしまえば良いなんて、考えたこともない筈。

もしかしたらそれは、自分の欲求を満たすための、我儘な願望だったかもしれない。

でも、それでも他の誰でもない、自分だけを見て、自分だけを愛して欲しかった…ただそれだけのこと…

ただそれを今の雅紀さんに言ったところで、全て言い訳になってしまうだろうんだろうな…

現に、

｢信じてくれ…、頼む…｣

そう言って潤さんが伸ばした手は、

｢ごめん、無理…。もう何も聞きたくないし、顔も見たくない｣

雅紀さんの手を掴むこともなく振り払われ…

『雅紀…さん…？』

俺の声すら届いていないのか、呼びかけた俺を振り返ることも無く、雅紀さんは部屋を出て行ってしまった。

後に残されたのは、無言で部屋を出て行く雅紀さんを追いかけることもせず、ただ膝を抱えることしか出来ない俺と、自責の念に顔を覆う潤さんと…、そして空になったグラスだけで…

時折肩を揺らし、鼻を啜る潤さんにどう声をかけて良いのか分からなかった俺は、ベッドを揺らさないよう静かに場所を移動すると、ついさっきまで雅紀さんのいた所に腰を下ろし、上下する肩にコツンと頭を預けた。