君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第19章 stringendo
運良くタクシーでも拾えれば…、なんて甘い期待を抱きながら歩き続けること凡そ二時間…
漸く実家の門灯が見えてきた頃には、足は棒のようになり、慣れない靴を履いた踵には靴擦れまで出来ていて…
インターホンのボタンを押すのも億劫な程疲れ果てていた。
ゆっくり風呂にでも浸かって、早くベッドに横になりたい…
ただ、そうは思っても時間が時間だし、もう寝ているかもしれないと思ったら、流石にインターホンを押すのは気が引けて…
俺はこんなこともあろうかと持って来た実家の鍵を取り出すと、静かに鍵穴に差し込んだ。
なるべく物音を立てないよう玄関ドアを開き、そのまま二階へ続く階段を登ろうとしたその時…
廊下を挟んだリビングの方から、人の話し声が聞こえて…
俺の帰りを、起きて待っててくれた…とか?
でもこの時間だし、まさかな…
そう思いながら、静かにリビングのドアを開いてみると、俺が顔を見せるのを待っていたかのようにお袋が、
「おかえり」と、眠そうな目を擦りながら、それでも笑顔を向けるから戸惑ってしまう。
しかも、翌々見るとリビングのソファでは、新聞を開いたまま船を漕ぐ親父の姿まである。
「なんか…、ごめん…」
二人が起きて待っていてくれると知っていたらもう少し…、と思わなくもないが、そんなことを考える余裕すら、つい数時間前の俺にはなかったんだから仕方ない。
「お腹は? 空いてないの?」
言われて初めて気付く…、そう言えば朝駅前のカフェでトーストを食べて以来、何も食べていないってことを…
空腹感すら感じないくらい…、彼女の実家で聞かされた話は、それくらい俺に強い衝撃を与えた…ってことだろうな…
「残り物で良ければ用意するけど、どうする?」
「そうだな…、貰おうかな…」
お袋のことだから、残り物…なんて言ってるけど、実際は俺のためにわざわざ用意しておいてくれたってことを、俺は知ってるから…
その気持ちだけは踏みにじることは、流石に出来ないよ…