君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第19章 stringendo
どこをどう歩いて来たのか…
気付いた時には辺りは真っ暗で、どこからともなく潮の香が漂っていて…、波が寄せては返す音が聞こえて…
そこが海なんだ、って…
彼女にプロポーズをしようと意気込んで、結果ポケットから指輪一つ出すことなく終わったあの海なんだ、って…
分かった瞬間に、何故だか笑いが込み上げてきた。
無意識とは言え、良い記憶なんて全くない場所に来てしまうなんて…、俺も相当な馬鹿だな、ってね…
俺は目の前にあった自販機で缶ビールを買うと、一張羅のスーツが汚れるのも構わず、防波堤に腰を下ろした。
プルタブを引き、この季節には冷た過ぎるビールを、乾いた喉に一気に流し込むと、吹き付ける海風の冷たさと相まってか、
「寒っ…」
身体が震えた。
ただ、それ以上に凍えていたのは俺の心で…
いっそのこと冷たい海に身を投じてしまえば、この鬱屈とした気分からも逃れられるんじゃねぇか…って、そう思えるくらいに、身も…それから心も疲れ果てていた。
尤も…、俺にそれだけのために勇気があれば…の話だけど、残念なことに俺にはそこまでの覚悟は勿論、勇気だってない。
俺は耳元で缶を軽く振って、缶が空になったことを確認すると、二本目のビールを購入すべく財布を開いた。
…が、こんな時に限って小銭はおろか、千円札一枚も入ってないとは…、俺って人間はどこまでもついてないらしい。
一応ダメもとでポケットの中も漁っては見るが、一円玉と十円玉が数枚出てきただけで、ビールを買うまでには至らなくて…
「仕方ない…、帰るか…」
俺は溜息を一つ落として、街灯すら疎らな堤防沿いを、トボトボと最寄りのバス停に向かって歩を進めた。
とは言え、都会と呼ぶには程遠い片田舎では、バスの本数も限られているわけで…
おまけに、深夜とまではいかなくとも、夜も更けようとしている時間帯なら尚更バスなんか走る筈もなく…
そこから数キロはあるだろうか…、実家に向かって歩き始めた。
こんなことなら張り切って革靴なんか履いてこなきゃ良かった…と、後悔しながら…