君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第18章 espresso
商店街から程近いコインパーキングに車を停め、あの日立ち寄ったケーキ屋を目指して商店街を歩く。
目的の店は商店街の路地を入った所にひっそりとあって、俺はあの日以来その道を避けて通るようになっていた。
もっとも、ケーキを買ったことすら忘れていたんだから、無意識のうちに…なんだろうけど。
だからかな…、ちょっとだけ不安になる。
だって、俺自身はまだ“ある”って信じてるけど、もしなかったらどうしよう…って…
でもそんな俺の不安を打ち消すように、ゆっくり足を進めた先から、仄かに甘い香りが漂って来て…
それは距離を縮める毎に強くなって行き、その甘い香りに引き寄せられるように、俺の足も早くなって行った。
そして、人気も疎らな路地裏にひっそりと佇む店の入口を見た瞬間、逸る気持ちを押さえられずに、俺は塗装も剥げ落ちた小さなドアを押した。
チリン…、とベルの音がして、多分店の奥が自宅になっているんだろう、エプロン姿のおばちゃんが顔を出した。
見覚えのある顔…、あの時のおばちゃんだ…
あの日から、まだそれ程月日も流れていないのに、懐かしさを感じて立ち尽くす俺におばちゃんは、「いらっしゃい」とだけ言うと、ふっくらとした顔を綻ばせた。
『あ、あの…、えっと…』
一生懸命喋ろうとするけど、こんな時に限って囁き声すら出て来なくて…
目の前でおばちゃんが首を傾げるから、ポケットから取り出したメモ帳にペンを走らせた。
『チョコのキラキラしたケーキ、ありますか?』
…って。
そしたらおばちゃん、少しだけ考えてから、顔と同じくふっくらとした手をパンと叩いたかと思うと、急に申し訳けなさそうな顔をした。
「ごめんね…、あれはもう作れないんだよ…。先月父ちゃんが亡くなってね…」
そんな…
茫然とする俺に、おばちゃんは更に言葉を続けた。
「この店も今月一杯で閉めよと思っててね…」
だからか…
あの日は沢山のケーキが並んでいた筈のショーケースに、数える程のケーキしか並んでないのは…