君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第18章 espresso
俺は仕方なくショーケースに並ぶケーキから四つを選ぶと、あの日と同じように箱に詰めて貰い、潤さんの待つコインパーキングへと急いだ。
思ったよりも時間がかかってしまったから、潤さんが怒ってるんじゃないか…って…
でも…
きっと俺がしょんぼりとした顔をしていたからだと思うんだけど…
「ケーキ屋…、なかったのか?」
助手席に乗り込んだ俺の顔を覗き込んだ。
『ううん、あったよ? あったけどさ、俺が欲しかったのは買えなかった…』
「そっか…。また買いに来れば良いさ」
そう言って笑って、キャップを被った俺の頭をポンと叩いた。
そうだね…
また買いに来れば良いよね…
その頃には、きっともうあの店は無くなってるんだろうけど…
その後大した会話もないまま、雅紀さんのマンションへと帰った俺は、アパートから持って来たニノが愛用していた黄色い皿の上に、あの日買った物とは違うけど、チョコレートのケーキを乗せ、仏壇に供えた。
『ごめんな…、遅くなったけど、誕生日おめでとう…』
手を合わせる俺の後ろで、一瞬雅紀さんが鼻を啜ったのが聞こえた。
きっと泣いてるんだ…って分かったから、俺はあえて雅紀さんを振り返ることはせず、キッチンへと入ると、それぞれの皿に、ニノに供えたのと同じケーキを乗せて行った。
隣では、潤さんがコーヒーを淹れてくれている。
特別な日にしか挽くことのない、とっておきの豆を使ったコーヒーは、普段飲んでいるインスタントの物とは違って、格段に香りが良い。
味は…翔さんの淹れてくれたコーヒーが一番なんだけど…
「雅紀、コーヒー入ったから…」
潤さんが声をかけて、雅紀さんが咄嗟に涙を拭う仕草を見せる。
でも、振り返った顔は、瞼は赤く腫れていたものの、いつもと変わらない爽やかな笑顔で…
俺達は仏壇の前へと移動させたテーブルで、それぞれケーキを前に、誕生日には定番の歌を歌った。
俺は…手拍子くらいしか出来なかったけど…
それでも漸くニノの誕生日を祝ってやれたことに、また少し胸のつかえがおりたような気がした。
『espresso』ー完ー