第16章 divisi

『俺…のスマホ…取って…？』

声なんて元々出てはいないのに、唇を動かす度、口から息を吐き出す度に喉が引き攣れて、ヒューヒューと音を立てる。

けど、雅紀さんには全然伝わらなくて…

俺は仕方なく、動かすのも億劫な手を、テーブルに向かって伸ばした。

｢え、なに？ あ、もしかしてコレ？｣

雅紀さんが手に取ったのは紙とペンで…

それでも悪くないけど、今の俺には筆談なんてしてる気力はない。

『違うよ…、スマホ…』

首を横に振る俺に、雅紀さんは少しだけ考え込んでから、何かを思いついたように腰を上げ、キッチンの方へ向かった。

俺が寝ている場所からでは、角度的に見えないけど、冷蔵庫のドアを開けては閉める音だけは聞こえる。

そして戻って来た雅紀さんの手には、水の入ったペットボトルが握られていて…

｢冷蔵庫、これしか入ってなかったぞ？｣

って、ペットボトルを俺の額にピタッと当てた。

よっぽど熱が高いのかな…、冷たくて気持ちいい…

｢喉乾いたんだよな？ 飲むか？｣

違うんだけど…、俺が欲しいのは水なんかじゃなくて、テーブルの上に置きっぱなしになったスマホなんだけどな…

心の仲で盛大な溜息をつきながら、それでもカラッカラに乾いた喉を潤したくて、身体を起こそうと頭を持ち上げた。

頭にズキンとした痛みが走ったが、すかさず俺の背中に添えられた雅紀さんの手を借りて、何とか身体を起こし、雅紀さんが差し出してくれるてペットボトルに口を付ける。

冷えた水の冷たさが、一瞬…ではあるけど、身体の中にこもった熱を冷ます。

｢もういい？ つか、シャツ…、ベッタベタじゃん…。病院行く前に着替えた方が良いか…｣

ちょっと待ってろ、って言って雅紀さんの手が俺の背中から離れて行く。

そして、

｢何でも良いよな？｣

言いながらプラスチックケースの中を漁り出す。

つか…、今“病院”とか言った？

それ…マズイって…

だって俺の身体には、たった一度…ではあったけど、翔さんと愛し合った痕跡が、まだ生々しく残ってる。

こんなの、雅紀さんに見せられないよ…

俺はタオルケットを身体に巻き付けた。