君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第12章 sostenuto
俺の不安は見事的中…
翔さんの自転車の運転テクニックは半端なく乏しくて…
目的地の牛丼屋に着いた頃には、俺のケツは有り得ないくらいに痛くて、自転車を降りると同時に、よっぽど踏ん張っていたのか、両膝は大笑いを始めた。
こんなことなら前と後ろ代われば良かった…
そんなことを思わないでもなかった。
翔さんは終始苦笑いを浮かべたまま、それでも牛丼の大盛りをペロリと平らげ、波盛りを注文したにも関わらず俺の残した牛丼まで綺麗に腹の中に収めてしまった。
見事過ぎる食いっぷりに呆気に取られてしまった俺は、きっと凄く阿保面をしていたんだと思う。
なんたって翔さんの指が、俺のほっぺたに付いた米粒を摘んで口に入れたことにすら、全く気付いてなかったんだから…
「あ、でね…、今度の木曜なんだけど…、って聞いてる?」
『え、あ、う、うん…』
「たまたま有給が取れてね…。だから、どこか出かけないか?」
言われて、雅紀さんの話を思い出した。
でも俺は何も知らないフリをして、
『どこか…って? 二人で?』
首を傾げて見せた。
「どこ…って決めてはいないけど…、智はどこか行きたい所ある?」
俺…?
俺は…、特に行きたい所もないし、第一旅行なんてモンとは無縁の生活をして来たから、言われたってパッと思いつく筈もなくて…
それでも唯一浮かんだのは、
『船! 船に乗ってみたい!』
「ふ…ね…? 船に乗りたいの?」
出来れば自分で動かしてみたいけど、車の免許もなければ船の免許なんて当然持ってない俺だから、操縦するのは無理だって諦めてはいる。
けど乗るだけだったら…
『だめ…?』
俺が聞くと、翔さんはポテッとした唇を指でスリスリしながら、少しの間考え込み…
つか、癖…なのかな?
何度か会ううちに気付いたことなんだけど、翔さんはいつも何か考え込んでいる時、撫でたり摘んでみたり…必ずと言って良いほど唇を触る。
「いや、考えとくよ」
マジで?
「うん、二人でする初めての旅行だし…智の行きたい所に行こう」
『やった♪』
滅多に感情を表に出すことの無い俺だけど、やっぱり嬉しいモンは嬉しくて…
俺は珍しく、翔さんの前でガッツポーズをした。