君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第12章 sostenuto
翔さんと旅行に行く…、それはとても嬉しいことで…
でもそれ以上に、“旅行”って言葉が凄く嬉しかった。
旅行なんて、ニノと付き合ってる間は勿論のこと、高校の修学旅行以来だから…
しかも恋人となんて…、俺…、夢でも見てんのかな…(笑)
「なーにニヤけてんの?」
え…俺、そんなにニヤけてる?
「もお…、忙しいんだから、ちゃっちゃと仕事する!」
俺は返事の代わりに片手を上げた。
すると雅紀さんは、フライパンを二つ同時に操る俺の横に立って、
「じゃないと来週の休み、無しにするよ?」
耳元で意地悪く言うもんだから、思わず菜箸を落としそうになってしまう。
だって休みが貰えなければ、翔さんと旅行に行けなくなってしまう…
それは流石に困る!
つか、意地でも休むけどね(笑)
「で、どこ行くか決まってんの?」
『ううん、何も…』
「そっか、決まってないのか…」
仕事終わり、疲れた身体にビールを流し込みながら、雅紀さんが残念そうに肩を落とす?
つか、雅紀さんがガッカリする必要、なくね?
「まあでもアレだよね…、泊まり…なんだよね?」
『う…ん…』
「じゃあさ、ひょっとしてひょっとしたりして?」
白い歯をニカッとばかりに覗かせて、二ヒヒと雅紀さんが笑う。
でも、雅紀さんが想像しているようなことは、何一つ考えてなかった俺は…
『あ…』
思わず頭を抱えた。
「まさか…、何も考えてなかった…とか?」
『う…ん…』
だって旅行に行けるってことが嬉し過ぎて、それ以外のことなんて考えられなかったんだもん…
『どうしよう…』
「どうしよう…って…、そんなの流れに身を任せれば良いんじゃない? それに、どう転んでも、櫻井さんなら智のこと、絶対大事にしてくれるだろうからさ、安心しなよ。ね?」
「うん…」
雅紀さんの言葉に、少しだけ背中を押された俺は、アパートに帰るなり、押し入れの奥底から大きめのリュックを引っ張り出した。
気が早いと思いながら、リュックに着替えやなんかを詰め込んで行く。
凄く楽しかった。
旅行の準備をしている時間も…
その日を待つ時間も…
凄く待ち遠しくて、でも凄く楽しみだった。
でも旅行の当日…
翔さんが待ち合わせ場所に現れることは、とうとうなかった。
『sostenuto』ー完ー