君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第12章 sostenuto
何の言葉もないまま、翔さんの唇が俺の額に触れる。
ねぇ…、好きって言ってくれないの?
喉まで出かかった言葉を声に出そうとするけど、やっぱり出来なくて…
伝えたい言葉が、掠れた呼吸音になって唇の端から虚しく漏れ続けた。
「無理しなくて良いから…、ね?」
『でも…』
「それより、急がないとバイト間に合わなくなるよ?」
俺の頭をポンと叩き、翔さんが新しいシャツを身に纏う。
どうしてだろう…
好きって言って貰えないだけで、こんなにも胸の奥がざわつくのは…
「行こうか?」
言われて我に返った俺は、慌てて財布とスマホをポケットに捩じ込むと、翔さんの腕に自分の腕を絡めた。
一歩外に出てしまえば、手を繋ぐことだって難しいことを、俺は痛い程知ってる。
もっとも、好奇の目に晒されることも、汚い物でも見るような偏見の目にも、俺は慣れてる。
でも翔さんはそうじゃない。
翔さんを傷付けたくない。
俺は玄関のドアを出た瞬間に、絡めていた腕を解いた。
翔さんはそんな俺に首を傾げたけど、俺達が恋人として付き合って行くためには、仕方の無いことだから。
あ、そう言えば自転車…
エントランスを抜け、通りに出ようとしたところで思い出した。
俺は翔さんの袖をクイッと引っ張ると、駐輪場を指差した。
「あ、そっか…、無いと困るよね?」
『うん』
交通の便が悪い上に、自動車免許を持たない俺にとって、自転車は唯一の移動手段。
だから、このまま…って訳にはいかない。
『ちょっと待ってて?』
俺は自転車の鍵を手に駐輪場に向かった。
鍵を差し込み、スタンドを足で蹴ったところで、ハンドルを握る俺の手に、翔さんの手が重なった。
「乗って?」
『えっ?』
「後ろ、乗って?」
先にサドルに跨った翔さんが後ろを指で差すから、
『う、うん…』
俺は戸惑いながらも、後ろの荷台に跨った。
「あ、先に言っとくけど、俺、自転車なんて何十年かぶりだから、振り落とされないように、しっかり捕まっててね?」
えっ…、なんか心配なんだけど…
俺は大きな不安を抱えつつも、大きく頷いてから、言われた通り翔さんの腰にしっかり腕を回した。