君の声が聞きたくて 〜Your voice〜【気象系BL】
第12章 sostenuto
一人狭い個室で悶々としていると、突然ドアをノックされて、俺は慌てて流水レバーを引いて、スマホをケツポケットに捩じ込んだ。
店に一つしかないトイレだから、従業員は勿論のこと、当然客も使うから、俺が占領しているわけにもいかない。
俺はドアの前で足踏みをしていた客に軽く頭だけを下げると、エプロンを着け直してから厨房に戻った。
「やーっと戻って来たよ…。もう…、忙しいの分かってんだから、トイレは先に済ませておくようにって言ったでしょ?」
俺の顔を見るなり口を尖らせたのは、店長の雅紀さんだ。
俺は片手だけをスっと上げ、「ごめん」と口を動かすと、雅紀さんの手から菜箸とフライパンを受け取った。
だって仕方ないじゃん…、翔さんからだったんだもん…
言いたいところだけど、そんなの理由にならないことを俺は知ってるから、言い訳をするのはやめにしておいた。
ま、今の俺には、口でコミュニケーションを取るのは難しいから、言い訳すんのも楽じゃないんだけどね…
ただ、口以外の部分は正常に機能してるわけだから、
「ねぇ、随分長かったけど、“大”だったの?」
デリカシーの欠片もない一言には、店長だろうが関係ない、強烈な肘鉄を食らわしてやった(笑)
当然、雅紀さんは涙目になって俺を睨んで来るけど、仕方ないじゃん?
雅紀さんの顔があまりにもニヤけてるからさ…
俺は腹を抑えて蹲る雅紀さんを無視して、オーダー表に目を向けると、次々入って来るオーダーを、黙々とこなして行った。
翔さんからの連絡を心待ちにしながら…
だからバイトが終わった時、俺は着替えもそこそこに、真っ先にスマホを手にした。
でもそこに表示されるメッセージは一つもなくて…
忙しいの…かな…
俺は肩を落としたまま、更衣室の片隅にポツンと置かれたパイプ椅子に腰を下ろした。
「どうした、帰らないの?」
声をかけて来たのは、店の売上金と金庫を手にした雅紀さんだった。