第2章 燃えたおつきさま
「な、にする、このグラサン……」
人がせっかくいい気持ちで休日を謳歌していたと言うのに。
突然振り落ちてきたあまりに大きな衝撃が、頭蓋骨を通ってぐわんぐわんと脳にまで伝わっていた。
「もう十時だぞ。起きろ」
「まだ十時では?」
「もう、だよ。おい寝直そうとすんじゃねーよ、次は顔面に花瓶落とすぞ」
「やめろもじゃもじゃグラサン」
「誰がもじゃもじゃグラサンだこら」
私の穏やかな時間を奪いやがったその幽霊、略してもじゃグラがポルターガイストで落とした本が直撃した頭を抱え、よろよろと上半身を起こす。
痛すぎる、といまだ引くことのないそれに一体どんな本が落ちてきたのかと思えば、まさかの広辞苑だった。正気の沙汰じゃない。
こんなの頭にぶつけるなんて一歩間違えたらあんたら幽霊の仲間入りだ! と抗議する私に、もじゃグラは悪びれもせず、それどころかドヤ顔かまして「俺がそんなヘマする筈がねぇだろ」とか言ってやがる。サングラス割れればいいのに。
「休日だからっていつまでもだらけてんじゃねぇよ。トドみたいになるぞ」
「ビーナスの間違いね」
「寝言は寝てから言えや」
「それじゃあお言葉に甘えて」
「寝るな!」
「いだっ」
寝言は寝てから言えって言ったのに。だから寝てから言おうと思ったのに。
再び広辞苑がぶつけられた頭を抱えてブツブツと文句を言うも、グラサン野郎が謝ってくれることはない。この男、本当に生前警察官だったのか。ヤクザの間違いだろう。
「もういい、バーカバーカわかめサングラス。岩肌に髪の毛引っかかってハゲればいいのに」
「ンっだとこら! 待てや!」
中指を突き立てて早足で走り去る私の後ろを、数センチ浮いた状態のまま、私の後を全力で追いかけてくる様はまさに地獄の鬼のようだ。
「あれれー? わかめグラさんって意外と足遅いんだあ」
「ぶち泣かす」
「ぎゃーッ!」
上手いこと角を使って逃げる私が少し煽ると、こめかみに血管を浮かせたグラサンは、ばきばきととんでもない音を立て、くれ縁へポルターガイストで物を飛ばしてきやがった。
「人ん家壊す気か!」
「テメェの人生壊してやるよ」
「阿呆か!?」
――こうして私の最高の休日は、グラサン幽霊こと自称警察官の松田陣平さんのせいで、くれ縁の掃除という始まりを迎えたのだった。