第2章 燃えたおつきさま
「はあー……」
穴ひとつない美しい若草模様の襖を少し開けて、そよそよと吹く心地のいい風に煽られながら、お腹に掛けていたタオルを人差し指で撫で付ける。
何もしていなくとも汗が滴る夏らしく、みんみんつくつくと蝉の合唱が聞こえる日曜日の午前十時。
この世の全てのしがらみから解放されたかのごとくゆっくりと流れる穏やかな時間に、至福のため息を吐いた。
なんて最高の休日なんだろう。
米花町の中でもビルが少なく、日本家屋が建ち並ぶこの辺りでは、車のエンジン音もあまりしない。
さすがに川のせせらぎは聞こえないが、蝉の声に混じる、風に吹かれて擦れ合う葉の音すら耳を澄ませば届く程だ。
ここに引っ越して来る前は、最近急速に発展している町だと聞いていたから、てっきり空高くそびえるビルばかりの場所だと思っていたけれど、なるほどどうして、すぐそばに緑を感じられるこれが都心だというのだから驚きだ。
勿論、だからといって田舎のようにあまり発展のない町ということもない。
東都タワーやベルツリータワーなど、もう少しここから離れれば、そこには私が来る前に思い描いていた通りの光景が広がっているし、なんだかんだと他にも色んなことに着手している、まさに発展途上の町であることにも違いない。
しかし、私としては便利な都会よりも自然と触れ合える田舎の方が性にあっている。
それに、田舎の方が穏やかな“幽霊”が多い気がするのだ。土地柄か、それともたまたまかは分からないけれど、私にとっては身の危険が少ないというのは大いに有難い。
それを思えば都心であるにもかかわらず、こんな静かな場所で休日を過ごせる米花町は理想の場所とも言える。住めば都とはよく言ったものだ。たった数週間しか過ごしていないけれど、私はこの町が少し好きになり始めていた――。
相変わらず優しい風に攫われていく前髪を指で梳かし、そんな日本人なら誰しも落ち着くような、えも言われぬ深い情緒に浸って微睡んでいると……不意に、蝉の声や葉の音とは違う、ばたんという何か固いものが閉じられる音が耳に届く。
「――いい加減に起きろこの馬鹿娘が!」
「ぎゃあ!」
がたん、ごん、がつん。
穏やかな、なんて言葉とは全く無縁な女子らしからぬ悲鳴とともに、そんな三拍子がい草の香りの籠る和室に盛大に響き渡った。