第2章 燃えたおつきさま
元々田舎に住んでいたから、そういった行事は割と身近なものだった。迎え火には必ずおがらを焙烙の上に折って燃やしていたし、送り火には灯篭流しをしていた。いくつもの温かい明かりが緩やかに川を流れていく様は、まるでひとつの輝く道のようで。その明かりを辿って、幽霊たちがあちらに帰って行く光景は今でもしっかり記憶に刻み込まれている。
けれども、私はあまりこの日が好きじゃなかった。
お盆は私にとっては誰が誰だかわからない、というか。誰が「生きている」人間で、誰が「死んでいる」人間なのか、その境目が一番曖昧になる日だったから。
幽霊たちが霊感がある者を見分けられないように、私もまた相手が幽霊なのか見分けることが出来ない。だから挨拶されたから挨拶し返したら実は幽霊でした、なんてことがザラにあるのだ。なんの罠だよ。
しかも、私は間違えたところでその相手一人が幽霊だと知れるだけだが、私が誰か一人でも死者と生者を間違えでもしたら、あちらさんには一気に私が視える人間だと知られてしまう。わらわらと、まるで明かりに集る虫のように私を取り囲むあの光景こそ、記憶に刻まれ忘れることは出来ない。ああ、蘇るトラウマたちよ。安らかに眠っておくれ。
とはいえ、この日には何度も助けられていることもまた事実。
悪霊を払う力を持たない私が、唯一そういう者たちをあの世に送り返すことが出来る日、それがこの盂蘭盆会。あの世とこの世の境目が曖昧になるこの日だからこそ、出来る芸当なのだ。
「コナンくんの家は、迎え火とかするの?」
「僕? どうだろ、多分してなかったと思うけど」
記憶を探るように斜め上を見ながら言ったコナンくんに「そうだよね」と相槌を打つ。
まあこのご時世、そういった風習も段々と廃れていってしまっているしなとは思うものの、少しもの寂しく感じてしまう。どっかのヤクザ幽霊が「年寄りくせぇな」とか言ってるけど無視だ、無視。というかさっきからナチュラルに心の声読んでくるのやめろ。
「――でも、送り火をあげたい人はいるかな」
不意に、溶けて歪な形をした氷をストローでつつきながら、消え入りそうな声でコナンくんが言った。
思ってもみなかったそれに、無意識のうちに握っていた手に力が籠る。
私を見下ろし鼻を鳴らしていた松田さんも、コナンくんの言葉にふざけた空気を消していた。