第2章 燃えたおつきさま
「松田さん」
「あ?」
「私、魘されてた?」
汗で湿ったパジャマを脱ぎつつ、こちらに背を向けて着替えを見たりしない紳士な松田さんに問いかける。
「魘されてはなかった、けど」
「けど?」
「……泣いてたぞ、お前」
丁度私が着替え終わった頃、おもむろに私の方を振り返った松田さんは、今日はそこまで日差しが強くないからか、サングラスを頭の上にさしており、射干玉の瞳は黒の壁に隠れることなく、真っ直ぐに私を見つめていた。
「まじで」
「まじだ」
「まじか」
「まじ……って、おい。はぐらかしてんじゃねぇよ」
「はは、バレたか」
ぎろりとその鋭い双眸に睨まれて、海外ドラマみたいにわざとらしく肩を竦めてみせる。
しかし、どれだけ睨まれようとも私には記憶がないわけで。本当に覚えてないんだよ。と、そう言って固まっていた体を伸ばし、両腕を天井に突き出す。
真夏にしては厚めの布団から這い出でて、ふあと欠伸をこぼしながら覇気のない動きで布団を畳見始める。
夏場は寝汗をかきやすい。かといって毎回布団を干すのも面倒だから、洗い替えが簡単なように敷布団の上に引いていた薄いタオル生地のシーツを隅から外して引っ張っていると、不意に反対側の端がふわりと宙に浮いた。
「……何かあったら、すぐ言えよ」
「うん、うん……いや、前から思ってたけど、松田さん過保護すぎじゃない? 私もう18だよ?」
「まだ18だ。ケツの青いガキが一丁前なこと言ってんじゃねぇぞ」
「ケツとかセクハラ」
「尻」
「言い方の問題じゃないから」
分かって言ってるよね? と目の下に影を作って凄んでみても、今まで多くの犯罪者と対峙してきた松田さんは歯牙にもかけない。それどころかハンッと鼻を鳴らして、わざわざ立ち上がってこちらを見下ろしてくる始末だ。
「……今からお寺行って清めの塩もらってきてやる」
「あ!? 卑怯だぞ!」
「盛り塩して締め出してやる」
「やめろ!」
珍しく身を乗り出して止めようとしてくる松田さんのポルターガイスト攻撃をひょいと躱して、外し終えたタオルシーツを腕に抱えたまま、くれ縁を駆け抜けた。
「食らえシーツ攻撃!」
「汚れっからやめろ!」
いつかの休日と同じ、騒がしい朝。
既に仕事に行っている両親のいない家では、暫く私と松田さんの鬼ごっこは続いたのだった。