第2章 燃えたおつきさま
あの光景を、すぐに忘れられるわけなんてない。
こういう言い方もどうかとは思うが、あの時は飲まれかけていたからこそ、そちらに回している気がほとんどなかった。けれどもこうして幽霊の感情から解放された今、ゆっくりと足元から這い寄って来るそれは少しずつ私を恐怖の底へと引きずり込もうとしている。
あの時に、コナンくんがいてくれてよかったと思ったのは、事情聴取の件だけじゃない。
あの子が意図してやったことかは分からないけれど、飲まれかけていた意識を取り戻した後、コナンくんにベンチへと誘導されるまでの間、一度も死体が私の視界に入ることはなかった。
コナンくんが高木刑事の方に行った後も、ブルーシートに覆われて、誰の目からも隠されていたから、そのまま惨たらしいその光景を見ることもなく。ただ自分の制服に刻まれた赤だけが、私の身に起こった惨状を物語っていた。
――不思議な子。
あの歳の子にしては、随分と大人びた表情をしていて。言葉こそ子どものそれであったが、私を気遣うその姿や、コナンくんも目にしただろう死体にも少しも動揺を見せていなかった。それに比べて私は。
(……情けない、なあ)
今だって松田さんがいなかったら、どうしていたことか。
血に塗れた制服のまま、布団に丸まり、両親が帰ってくるまでずっと怯えていたかもしれない。情けない、あんな小さな子が平気な顔をしていたというのに。
そうは思うものの、脳裏にこびり付いた一面の赤と、あのガラス玉のような瞳がどうしても忘れられずに。くっと奥歯を噛み締める。
「……松田さん」
「ん?」
「今日、一緒に寝てくれる?」
爪の先が白くなるくらい力を込めて履いていたズボンを握りしめ、隣に座る彼を見る。
明日になれば、もう平気かもしれない。生まれてからずっと幽霊のおかげで培われたこの図太さならきっと、一晩眠ればけろりとしている筈だ。でも、それでも。今晩だけは、あの光景が忘れられそうにない。
僅かに震えた声で、触れられるわけもないと分かっているのに、彼の腕に手を伸ばす。と、それを見た松田さんは息を抜くみたいに笑ってから「しょうがねぇな」と肩を竦めた。
「怖がりな桃ちゃんのために、一肌脱いでやるよ」
「あ、服は着たままでお願いします」
「やっぱ一人で寝ろ」
「うそうそごめんって!!」