第2章 燃えたおつきさま
ぎゃんぎゃん喚く私を呆れたように見た松田さんは、広辞苑を本棚に戻してから、あぐらの上に頬杖をつく。
その視線の先にある空ももう薄暗くなってきており、そろそろ両親が帰ってくるだろうかという頃だ。
かあかあ、と。遠くで烏が鳴く声に交じって、松田さんがボソリと呟いた。
「……明日は制服ねぇし、学校休むか?」
黙り込んでしまった松田さんの横で手持ち無沙汰になり、ビニール袋の口を必死に縛っていた手を止める。いつもはまだ寝ていたいと駄々を捏ねる私を、ポルターガイストを駆使して何がなんでも学校に行かせるというのに、今のは空耳だろうか。
「ワイシャツは予備あるし。スカートは冬用があるから、行くよ」
「……別に休んでもいいんじゃねぇの」
「いや行くって。受験生だし」
「冬スカートとか暑いだろ」
「学校着いてから事情話して貸してもらうよ夏用」
「でも、」
「だーから、行くって何回も言ってんだろうがあ! くよくようるせー!」
「くよっ……、口悪ぃんだよ!」
「松田さんの育て方が悪い!」
「それは否定出来ねぇから言うな!」
お互いヒートアップして、その場に立ち上がって声を張り上げ合う。これ傍から見たら私ひとりで怒鳴ってるんだよな、と妙に冷静な頭で考えながら、いまだ治まらない興奮をぶつけるように勢いよく松田さんに指を突きつけた。
「さっきからなんなんですかあ!」
「指をさすな!」
「ごめん!」
「素直でよし!」
ぴたり。そこで漸く二人とも落ち着きを取り戻し、無言でへん縁に座り直す。その際に肩口に落ちてきた水滴を見て「ちゃんと拭けよ」と苦笑した松田さんが、肩にかけていたタオルを浮かせてわしゃわしと濡れた髪を拭いてくれた。
その心地の良さに目を細めて身を預けていると、ふと小さなため息が聞こえてくる。また幸せ逃げてるぞ、と。今度は声に出していえば、松田さんは「誰のせいだよ」とちょっと強めにタオルを押し付けてきた。
「その幽霊のことは別として、見たんだろ、死体」
思いきりタオル越しに髪の毛をかき混ぜられ、その雑音の中で聞こえた松田さんの言葉に、少し白くなった指先が震えた。
「……見た」
「大丈夫じゃねぇだろ」
「……じゃない」
「だろ」
熟れたトマトのような生々しい赤に、散らばる臓器。それは目を瞑れば、今だって鮮明に瞼の裏に蘇る。