第2章 燃えたおつきさま
「君も。ありがとうね」
「ううん! どういたしまして!」
「卵を取ってあげたにしては随分とお世話になっちゃったなあ」
これは利子付きで返さねばならない、と真顔で私が言うと、少年は一瞬目を丸くしてから「意外と大丈夫そうだね」と肩を竦めて苦笑した。
「これでも動揺しまくりだよ。なんたってもうちょっとで死んでたかもしれないからね」
「うん、本当に危なかったよね。あの時お姉さんの鞄の紐が切れてなかったらと思うとゾッとするよ」
「……虫の知らせってやつかな」
そう言ってちらりと少年の後ろに立つ黒いモヤを見るも、そのモヤは身じろぎ一つしない。ただ静かにそこに佇み、相変わらず少年を見つめている。
この幽霊は、一体なんなのだろう。
今まで見てきた幽霊の中で、同じように真っ黒なモヤのような形のものはたくさんいた。だけど、そういった幽霊は自身の想いに飲まれており、一様に意識がなく、ただ生前に強く思った感情のまま行動するだけ。
それなのにこの幽霊は、はっきりと意志を持って少年に取り憑き、害を加えるどころか関係のない私を助けてくれたのだから、全くわけがわからない。
とはいえども、私にこの幽霊をどうにかする術なんてなくて。話すことさえ出来れば未練を取り払ってやることも出来るかもしれないが、この様子を見るとそれも無理そうだ。
「あー……君の名前、訊いてもいいかな?」
これ以上その幽霊を見つめているわけにもいかず、するりと幽霊から少年の方へと向き直る。不思議そうにしていた少年は、苦し紛れに捻り出した質問に屈託のない笑顔を見せた。
「僕の名前は江戸川コナン! お姉さんは?」
「私は神代桃。今日は本当にありがとうね、コナンくん」
膝についていた砂を払い落とし、いまだに痛む両足を庇いながら、紐のちぎれた鞄を手に取る。
それからコナンくんの頭を松田さんがよくしてくれるようにぐしゃりとかき混ぜるみたいに撫でてやれば、少し擽ったそうに目を細めた。
「桃お姉さん、気をつけてね!」
乱れた髪を指先でちょいちょいと直しつつ、コナンくんはあいているもう片方の手を振り、私を見送ってくれる。
その姿は普通の無邪気な子どもにしか見えないけれど、後ろに佇む黒いモヤだけが、普通から切り取られた異様な雰囲気を纏っていた。