第2章 燃えたおつきさま
(……助けてくれた?)
そうとしか考えられない幽霊の行動に、少しだけ取り乱していた心が落ち着く。
相変わらず鼻につく焼きついた匂いには慣れないけれど、不思議と今まであった恐怖心が薄れていく。ここに松田さんがいたらきっと「ちょろすぎんだよ!」と怒鳴っているところだろうが、生憎あの幽霊はここにはいないのだ。
……ああ、それにしても本当に。
――どうしてこうなった、と。ここで漸くラノベ風冒頭に戻るわけだが。
遠くで警察官と話している少年の様子を見るに、あの子とその警察官は知り合いらしい。やけに親しげに会話を交わす二人は、不意に私の方を見ると、また一言二言話してから一緒にこちらへと向かってきた。
「お姉さん、怪我は大丈夫?」
「……うん、大丈夫。ありがとう」
「そっか、よかった! あのね、この人は僕の知り合いの刑事さんなんだけど、お姉さんすごく取り乱してたみたいだし、今日は帰ってもいいって!」
そう言った少年の後ろから、ぬっと出てきたスーツ姿の男性が人当たりのいい笑顔で「こんにちは」と挨拶をしてきた。
「今日は大変だったね」
「はあ……まあ、はい」
「見たところ自殺みたいだけど、一応事件性はないかこれから調べるところなんだ。だからもし、自殺じゃなかった場合にまた話を聞かせてもらうことになるんだけど、今日はもう帰っていいから。向こうにパトカーがあるから送るよ。……その格好じゃ、歩いて帰れないだろう?」
少し遠慮がちに告げられた言葉に、また曖昧に頷く。
目の前に人が数十メートルの高さから落ちてきたのだから、そりゃ勿論血が飛んでこないわけもなく。白い筈のワイシャツは絵の具でも撒き散らしたかのように真っ赤に染まっており、首や頬の辺りにも乾いた血のざらついた感触がある。さすがにこの姿で町を闊歩していたら、通報待ったなしだ。
「それじゃあ、すみませんがよろしくお願いします」
「うん。ちょっと他の人に話してくるから、先に車に乗っててもらえるな」
「分かりました。ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げてお礼を言うと、優しげな警察官は一度満足げに頷いて、ブルーシートの近くに立っていた他の警察官の元に向かう。その背をじっと見つめてから、今度は足元でこちらの顔色を窺っていた少年に視線を移した。