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【名探偵コナン】墓標に水やり

第2章 燃えたおつきさま




「え……めっちゃ痛い」
「だ、大丈夫? お姉さん」
「めっちゃ痛い……」
「大丈夫じゃなそうだね」


 唖然と血の流れる足を眺めている私に、少年が諦めたように首を振った。
 とりあえずこっち、と昨日も触れた小さな手に引かれながら、近くにあったベンチに座らせられる。


「あそこにいたら、お姉さんきっとネットに晒されちゃうから」


 そういう少年の言葉で、周りに止まるパトカーや、たくさんの野次馬がスマホ片手に辺りを囲っていることに漸く気づいた。
 一体いつの間にこんなことに、と驚く私をよそに、少年は「ちょっと待っててね」と言ってぱたぱたとパトカーの傍に立っていた警察官の元に駆け寄る。

 落ちてきたサラリーマンの死体も知らぬ間にブルーシートがかけられ、人目から隠されていて。どれくらいの間、私は意識があちらに引っ張られていたんだろうかと、少し心がざわめきたつ。


(あのまま、飲まれていたら……)


 どうなっていたんだろう。

 考えても分からないけれど、それでも考えずにはいられない。

 あれは、完全に引っ張られた。――自殺した、サラリーマンの感情に。

 こうして自殺する人を目の前で見たのはさすがに初めてだが、人が死んだ後、幽霊になるのにそう時間がかからないことは知っていた。

 それこそテレビショッピングみたいに個人差ありと表記するべきものではあって、死んだその瞬間に幽霊になる人もいれば、数年経ってから幽霊になる人もいる。

 想いが強ければそれに伴い幽霊として目覚めるのも早い。
 自殺という、負の感情を胸いっぱいに抱いた人間にしか、選ぶことの出来ないだろうその選択をしたこのサラリーマンの想いもまた、酷く強いものだったんだろう。

 だからこそ私はその想いに同調し、引っ張られた。
 もしあの時、膝を怪我しなかったら。体を駆け巡ったあの熱さがなかったら。私はこのサラリーマンに“飲まれて”、自分の舌を噛みちぎっていたかもしれない。


(……あの、幽霊)


 現実味のない死の恐怖に怖気立つ腕を摩って、少し先で親しげに警察官と話す少年を見下ろす真っ黒なモヤを見る。

 鞄の紐が切れていなかったら、私は今頃死んでいただろう。
 あの体中を駆け巡る熱がなければ、私は死んでいただろう。

 そしてそのどちらも、あの幽霊が起こしたことだった。


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