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【名探偵コナン】墓標に水やり

第2章 燃えたおつきさま




(あ、……ぶな)


 あと数センチ。たった数センチでもズレていたら、間違いなく私はこのビルの上から落ちてきた男性に巻き込まれて、今頃一緒に地面に伏していただろう。その事実に、全身から血の気が引いていく。

 ゆっくりと、ローファーの先に伸びてくる幾筋もの赤い血に、背筋が凍りついた。


「お姉さん! 大丈夫!?」


 あまりに多くの入り交じった感情に体が動かなくなる。今まさに、目の前で起きた死のやりとりは現実味はなく、しかし制服に飛び散る赤が、頬に触れる赤が、やけに熱を持っていて。息が浅くなり、頭が真っ白になっていく――直前に、どこか聞き覚えのある声が私を現実に引き戻した。


「君、は……」


 少し離れた場所からこちらへと駆け寄ってくるのは、昨日スーパーで会ったあの少年。彼は片手にスマホを持っていて、その後ろには、影をそのまま塗り固めたような真っ黒い人型の“何か”がいた。


(あ、れって)


 考えるまでもない。あれは、この世のものじゃない。

 少年が近づくのと比例するように、ずきずきと痛み始める頭と、鼻を覆ってしまいたくなるあの強烈な匂い。


「う、」


 噎せ返る程の血の匂いに加え、肉が焼けつく焦げた匂いに思わず口元を押さえてその場に蹲る。
 胃のあたりから込み上げてくる気持ち悪さをなんとか押し留めて、せめてその姿だけは見ないようにと目を強く瞑った。


 苦しい。気持ち悪い。死にたい。


 ぐるぐると沸き上がる負の感情は私の体を次々と支配する。
 少年の声が遠くに聞こえる。影の気配が近くに感じる。

 ――やばい、これは、飲まれる。

 意識が段々遠のき、ふっと目の前が暗くなった。

 漸く松田さんの言っていた“飲まれる”ということの意味が分かり、今更ながらに後悔する。どうしてもっと警戒しなかったんだろう、とか。そんなどうしようもないことをつらつらと考えながら、とうとう膝を抱えていた腕から力が抜けて、地面に膝をついた。

 アスファルトに思い切りぶつかった膝から、血が滲む。ああ、いたい。あつい、いたい、……あつい、いた、い――痛い?


「うっ、いだあ!?」
「うわっ!?」


 膝に走るぴりついた痛みと熱さに、一気に意識が引き戻される。
 それに思わず大袈裟なくらい大声で叫べば、目の前にいた少年が驚いたように後ろへ身を引いた。


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