第2章 燃えたおつきさま
――熱い。
じりじりと全身が炎に包まれ、息苦しさすら感じる熱さに、両手を握りしめてくぐもった唸り声を上げる。
轟々と燃え盛る業火の中に、何故かぽつりとグランドピアノが置かれていて。誰も座っていないピアノの鍵盤が、一人でに鳴り始める。
ゆっくりと奏でられる、クラシックにそう詳しくない私でも一度はどこかで耳にしたことのある静謐な音は、聴いているこちらが泣きたくなるくらい、物悲しいものだった。
「殺したことを後悔なんて、していない」
不意に頭に響いたのは、男とも女とも聞き取れる、まさにこの曲のように静かで穏やかな声。
「復讐を果たしたことを、誇りに思っている」
また、その優しい声。
「……だけど、ひとつだけ。ひとつだけ、後悔していることがあるとすれば」
優しい声が、少しだけ震えた。
「俺は、あの子に。あの、まだ小さな探偵くんに――」
最後の言葉は、奏でられていた曲が終わるとともに。
沈み込む意識の中で、龍のように渦巻く業火に焼かれて崩れ落ちるピアノの音にかき消されてしまった。
「……あっつ」
ピピピピピと耳元で鳴り響くスマホを片手に、ぐっしょりと額の汗で濡れそばった前髪をかき上げる。
なんだか、とても悲しい夢を見ていた気がする。
それでもどんな夢だったのかとか、誰が出てきたのかとか。何ひとつ覚えていない頭でぼんやりと天井を見上げる。
シミ一つない天井には、ここに来た時すぐに私がずっこけて飛ばしたグラスのぶつかった跡がうっすら残っていて。あの時は随分怒られたなあ、とこめかみに血管を浮かせて説教をする母親と、バカを見る目でこちらを眺めていた松田さんを思い出す。
アラームが切れたスマホを見れば、時刻は午前六時半を回ったところ。ここから私の通う帝丹高校までは徒歩十分程で、学校が始まる時間にはまだ余裕がある。
なのにどうしてこんな時間に起きたのかと言うと、それはあの脳内バトル漫画幽霊が原因だ。
奴は私の体力がなさすぎる、と言うや否や、すぐに私専用の筋トレメニューを作ってきて、それを熟さなかったらポルターガイストで文庫本を的確に脛へと当ててくるのだ。
しかし悲しいことに今ではそれも日課になっており、鳥の囀ずりが響く早朝。大きく体を伸ばして、ゆっくりと起き上がった。