第2章 燃えたおつきさま
「桃、お前何した」
母親から頼まれた物を自転車のカゴに入れて、行きの暑さなど感じない、寒さすら感じるままに家に帰ったら。
今までに見たことがないくらい、険しい顔つきの松田さんが待っていた。
「何、って」
「……とりあえず、それ置いてから部屋に来い」
自転車の鍵と両手いっぱいの買い物袋を顎で指した松田さんはそれだけ言うと、ふわふわと中を浮かびながら私の部屋へと立ち去る。
その背中を眺めながら、また嫌な音を立て始めた心臓に気づかないふりをして、小走りで台所に向かった。
「――で、結局その幽霊の姿は視てないんだな?」
中にあった自分用のグミと松田さんへのシガレットラムネだけを抜いておいた買い物袋を母親に託し、松田さんに言われた通り部屋に行けば、そこには変わらず神妙な表情を浮かべた彼が柱に背を預けて座っていた。
そして今。私がお土産として渡した――お供え物のようにすれば幽霊である松田さんも食べたり飲んだり出来る――シガレットラムネを「甘ぇ」と文句を言いつつ咥えている松田さんは、スーパーであった話を聞いて、そう問いかけてくる。
「うん、視てない。あの匂いだけで相当キツかったから、そんな余裕もなかったし」
「……その匂いっつーのは、本当に他の奴らは気づいてなかったのか?」
「多分。皆平然としてたよ」
先程からこのように松田さんが質問をして、それに対し私がグミ片手に答えてばかり。一体松田さんが何を考えているのかは分からないけれど、そろそろ眉間に刻まれた皺が取れなくなりそうだ。
「はあ……んっとに、桃は厄介事に巻き込まれるよな」
「失礼な」
「事実だろ。この間だって、胸にナイフ突き刺さった野郎に憑き纏われてたじゃねぇか」
俺が知らないとでも思ったのか、とギロリと鋭い眼光に睨みつけられて、さっと視線を逸らす。この間と言ってもあれは去年の冬のことだし、その件については丸く収まったから別にいいじゃん……なんて言えば火に油を注ぐだけなので、ごくりとグミと一緒に飲み込んだ。
「そ、それで、やっぱりあれって危険な幽霊だったの?」
あからさまに話題を変えた私に盛大なため息を吐いた松田さんは、あぐらをかいた膝についていた頬杖を外し、庭の方へと視線を向けた。