第2章 燃えたおつきさま
松田さんとの幽霊講義の中で、ネガティブな感情を感じた時は絶対にその幽霊と関わるな、と言われたことがある。
私は他の人より霊感が強い。と同時に、それだけ幽霊に干渉されやすいということだから、下手をすれば“飲まれてしまう”と。
“飲まれる”というのが一体どういったものなのか分かっていない私に、松田さんは「そのまんまの意味だよ」と、私に盗んで来させた父親の煙草を吸いながら、いつもより真剣みを帯びた表情で言っていた。
霊感が強いというのは、ある意味で相手に同調する力が強いということらしい。
普通の人は、自分以外の人間と完全に同調することなんてない。相手の気持ちを理解しようとすることはあれど、それはここでいう「同調する」とは違う。
この「同調する」というのは、相手の想いを完全に自分のものにするということだ。
カメラのピントを合わせるのと同じだと言うと、分かりやすいかもしれない。
霊感の弱い人は、ピントが合わないカメラで世界を見ているから、ピンぼけした視界ではそこにいる筈の幽霊を視ることが出来ない。
けれども霊感の強い人はこのピントを合わせることが出来る。だから、ボヤけて見える世界では視ることが出来ない筈の幽霊を、ピントを合わせることで視ることが出来る、と。つまりはそういうことだ。
そして、ここでいう「ピント」が「想い」を指していて、「合わせる」が「自分のものにする」「同調する」になる。
だから相手に同調し、相手の想いを完全に自分のものに出来る私が、もしネガティブな感情を――それこそ、死に対する強烈な感情を抱いた幽霊と同調したら。相手の想いに“飲まれて”そのまま意識が乗っ取られるかもしれないのだ。
私はただ視えるだけで、幽霊に対抗する術なんてものは何ひとつ持っていない。だからもし、この香りの原因である幽霊に気付かれでもしたら……。
と、そこまで考えて、ふと焦げ臭い香りが徐々に遠ざかっていくのを感じる。先程まで感じていた肌を突き刺すようなざらつきもなくなり、どくどくと心臓の音だけがやけに大きく耳の奥で響く。
はっと。その瞬間に感じた息苦しさに、漸くここで自分がずっと息を止めていたことに気づいた。
(……運命の出会いどころか)
最悪の出会いだったよ、と。松田さんの言葉を思い出しながら、額に浮かんでいた汗を拭った。