第26章 翡翠の誘惑
「………」
リヴァイの沈黙を肯定的にとらえたマヤは、心のおもむくままに話をつづけた。
「お風呂もお部屋も広すぎて…。ペトラがね… 落ち着かなくて眠れないからって私の部屋に来て一緒に寝たの。寝るまでいっぱいおしゃべりしたんですよ。楽しかったぁ…」
ペトラとベッドにならんで寝転がって、あれやこれやとおしゃべりをしたことが思い出されて、楽しい気持ちがよみがえる。すると言葉がどんどん出てきた。
「ペトラが団長から聞いた貴族の爵位の覚え方を教えてくれて。レイさんがグロブナー伯爵と対等に話しているのがちょっと不思議だったんですけど、爵位の順番がわかって納得したの。それでね、貴族じゃない団長や兵長にもタメ口だから、よっぽど仲良しなんじゃないかってペトラが言うんですけど、そうなんですか?」
……俺とレイモンド卿が、仲良し…。
邪気のない顔をして、的外れなことを訊いてくるマヤにはあきれるが、なぜか憎めない。
「……そんな訳ねぇだろうが。そんな風に見えるか?」
「見えないですけど…。馬車の中でも仲がいいようには見えなかったし…」
「だろうな…」
リヴァイは馬車の中でのやり取りを思い出して、再び苦言を呈した。
「マヤ、ペトラの件もある。男には充分に気をつけろ」
「わかりました」
うなだれて素直に返事をするマヤを見て、おだやかな心持ちになったのも束の間。
「本当にペトラのことだってあるし、気をつけないと駄目だって痛感しました。こうやって兵長や団長に注意されるだけじゃなくって、レイさんにも言われたし…」
「……レイモンド卿に?」
「はい。危機感がない、オレが襲ったらどうする気だって…。そのときはレイさんがそんなことをする人じゃないって思ってたし…」
マヤの話は途中でさえぎられた。
「そのときとは?」
「テラスに一緒にいたときです」
「……二人きりでか」
「そうです」
………!
リヴァイは叱りつけたい気にさらされたが、ぐっと抑えた。
何度も叱っても過去は変えられないし、マヤは反省している。それにマヤとレイモンド卿のあいだには、何もなかったのだから。