第25章 王都の舞踏会
吸いこまれて、逃れられなくなりそうな、琥珀。
……馬鹿野郎、今は女にうつつを抜かしている場合じゃねぇんだ。
呼吸をととのえる。
大丈夫だ。気のせいだ。すぐに元どおりになる。
黙っていると、マヤの琥珀が心を占める。
……クソったれが!
何か… 気を逸らす話はねぇか…。
「なぁ、マヤ。なんでここに来た?」
レイが唐突に、なんの脈絡もないことを言い出した。
「え? あ…、それはグロブナー伯爵に呼ばれて…」
「違う、そうじゃねぇよ。今、このテラスにって意味。この北側には人は普通来ねぇんだよ」
「あぁ、それは… お手洗いを探していたんです。結構遠かったけど、そこにあったから…」
マヤは掃き出し窓の方を振り返った。
「……あれは使用人の便所だぜ?」
……やっぱり変な女。
「えぇっ! そうだったの? 私が入っても良かったのかな…」
勝手にメイド用の便所を使用しても良かったのかと困った顔をしている。
「別にいいんじゃねぇか? マヤさえ良ければ」
「そうですか? じゃあ良かった。お手洗い自体は大満足でしたよ。兵舎のより広いし、綺麗だし、鏡の前に化粧水と化粧綿が置いてあってびっくりしちゃった。さすが貴族! と思ったけど、メイドさん用だったんですね、ふふ」
先ほどまで心配そうな顔をしていたのに、ころっと明るい笑顔が弾けて。
……いけねぇ。
油断すればすぐに、この目の前で笑う女を愛おしく想う気持ちが湧いてくる。
マヤという名前と、調査兵だということしか知らねぇのに。
「のん気な女だな」
「何がですか?」
「この北側は使用人の控室とか便所とかあるところでゲストは来ねぇんだよ。舞踏会やってる間は、使用人だって忙しくてほとんど戻ってこねぇ。そんなドレス姿の女がふらふらと一人で来るんじゃねぇ。変態貴族に襲われたらどうするんだ」
「……変態貴族?」
「いるんだよ、人のいねぇところでメイドを襲う輩がよ。ほんっと情けねぇ」
苦々しく吐き捨てたレイだったが、ふとマヤの様子に気づく。
他人事のように、きょとんとしていた。
「おい、聞いてんのか? 危ねぇから気をつけろと言ってんだぜ?」