第25章 王都の舞踏会
「そんな顔すんなよ。さすがに無理やり式を挙げたりはしねぇだろうし、ちゃんと断ればいい話だ」
「はい…。レイさんって詳しいんですね」
そう言ってマヤはじっと、顔を隠している黒い前髪を見つめる。今は月光も、レイの瞳までは届いていない。
「まぁな。一応この世界、長ぇから…」
……この世界が長いって、レイさんは何歳なんだろう?
そう思ったが、親しくもないのに年齢を訊くのはどうかと黙っていた。
その代わり。
「……さっき “誰にも声をかけられねぇ令嬢” って言ったの私のことでしょう?」
「あはは、ばれたか」
「せっかくエステルさんの綺麗なドレスを着てるのに駄目ですね…。でも令嬢じゃないんだし、踊りに来たのじゃないんだから別にいいんだけど…」
少しばかりすねた口調のマヤ。
声をかけられたい訳ではないが、団長の言う “非日常の世界” を経験したい気分に急になったのだ。キラキラしていたペトラがうらやましかったのかもしれない。
「すねんなよ。オレだったら真っ先にマヤに申しこんでたぜ?」
「……え?」
「給仕やってたら、人の本性なんかわかるものさ。クソみたいな貴族だらけのなかで、マヤはすげぇいい女だし…」
レイの瞳が前髪越しにのぞいている。煌めく光を放つそれは、まるで黒猫の瞳。
「オレと踊るか? 今ここで」
「えぇっ!」
ちょっと子供みたいにすねて本音を漏らしただけなのに、まさか踊ろうかと言われるなんて思ってもみなかった。
……踊るって…。
途端にペトラがカインと抱き合うようにして体を揺らしていた姿が脳裏に浮かぶ。
「ごめんなさい! 無理! 無理です…!」
顔を赤くして、ものすごい勢いで断ったマヤ。
「ハッ、断られるとはな」
愉快そうに笑ってレイが髪をかき上げる。
「あっ…」
レイの瞳が初めて見えた。
マヤはその美しさに驚く。
それは今まで見たことのないような、深い翡翠色をしていた。