第25章 王都の舞踏会
マヤが給仕に気づいた途端に、彼は次の角を曲がって姿を消した。
自分でもなぜだかわからないが走り出す。
きっと親切にしてくれて感謝している給仕が罵られていたから、声をかけたくて。
何があったかわからないけど、私はあなたに感謝している。
それを伝えたくて。
………!
思うように走れない。
ヒールのあるこの靴のせいだ。
ドレスに合うパンプスは光沢のある素材で、つま先が細くとがっている。ディオールのエステルが用意してくれていたものだ。
ドレスでもっとも大切なことは “着心地” だと力説していた彼女らしく、もちろんパンプスも履き心地の良いものをセレクトしてくれていた。だから初めて履く靴であるにもかかわらず靴擦れなど無縁で、足に馴染んでいる感すらある。
だがそれでも、軍靴とは違った。
いつも履いている兵服のブーツも、訓練のときに履く革靴も、華やかなドレスにはそぐわないかもしれないが、機動性という面では他の追随を許さない。
マヤは速く走ることができずに、やっと次の角に到達したときには、すでに給仕の姿はどこにもなかった。
「あぁぁ…。仕方ないよね…」
思わず声が出た。
最初は追いつけなかったことを残念だと感じたが、次第に真逆に思えてきた。
よく考えたら追いついて声をかけてみたところで、給仕からしたら迷惑だったかもしれない。
誰だって他人に怒鳴られているところなんか見られたくないだろうし、ましてや友人でもなんでもない者に慰められても、戸惑うばかりなのではないだろうか。
……これで良かったんだわ。
ある意味、速く走ることをできなくした桃色のパンプスに感謝しながらあらためて、あたりを見渡す。
二度も角を曲がったことにより、随分と表玄関や大広間から離れた雰囲気が漂い、しんとしてランプの明かりも薄暗い。
人けもなく、思わず身震いしたが、あっと顔を輝かせた。
便所があったのだ。
「こんなところに…!」
なぜこんな人けのないところにあるのかと、深く考えもせずにマヤは入った。