第25章 王都の舞踏会
「アトラス君…」
グロブナー伯爵がなぜか声を落とした。
「さっきの取引の話だが…」
「あぁ、破格の値でミスリル銀の剣を譲ってもらえると?」
「しぃっ。特別にお譲りするゆえ、あまり大きな声では…」
「あっはっは。でも俺がその剣を買ったら、見せびらかすけど?」
屈託なく笑うアトラス。
「それはご購入いただけさえすればかまわないんだが…。ところでお父上の代理とのことだが、話を進めてもいいんだね?」
「あぁ。親父から全権を任されてる」
「ならば…」
グロブナー伯爵はきょろきょろと大広間を見渡してから、アトラスの耳もとに口を寄せる。
「別室にて現物をあらためてもらいたいのだが」
「そうだな。しっかりと吟味したいところだ、俺としても」
「……ではこちらへ」
グロブナー伯爵は大広間の大きなアーチ型の紫檀の扉ではなく、奥の小さな通用口のような小さな扉へアトラスを案内して出ていった。
「カインさん…」
「どうしたのかな、僕のお姫様」
「今、伯爵が仰ってたミスリル銀なんだけど…、ケーキにも使ってますか?」
「もちろんだよ、ペトラ。もう知ってたりするのかな? ミスリル銀が我が領地で産出することは」
「はい。今日聞いたばかりなので、詳しくはわからないですけど」
「じゃあ、踊りながら教えてあげるよ。さぁ… お姫様、お手をどうぞ」
優雅なポーズでダンスに誘われて、ペトラは頬を染めて差し出されたカインの手を取った。
そのままフロアに流れるように移動して、体を寄せる。
……カインさん、いい匂い…。
香水だろうか。
カインの細身の体からは、薔薇の香りがかすかにして。
「……二年ほど前になるかな。ミスリル銀を掘り当てたんだな、僕んちの領地で。ずっと金を狙ってたんだけど、思いがけない結果にパパもママも大喜びさ」
……ママ?
お母様がいらっしゃるんだ。
そうか、当たり前だよね。お見かけしないから考えもしなかったけど。
「あの、カインさん。お母様は今日はどこに?」
「ママは昔から病弱でね、上で休んでるんだよ」