第10章 オリオンとアルテミス
その日の昼休み、昼食を早めに食べ終えたマヤは厩舎に向かった。
厩舎は調査兵団の敷地の一番外れにあり、近づくにつれて人影はなくなっていく。
厩舎に着き、いつもそこにいるヘングスト爺さんの姿を探すが見当たらない。
……お昼を食べに行ってるのかな?
そう思いながらマヤは、愛馬の待つ奥にある馬房へ進む。
その途中の左右の馬房から、馬たちの声が響く。
ヒヒーン! ブルルル、ブルッブルッ!
「ふふ、ごきげんよう!」
マヤは声をかけながら歩きつづけ、目的の馬房の前に立った。
「アルテミス、どう? 調子は」
ブヒヒヒン、ブブブブルッ!
アルテミスと呼ばれたその馬は、栗毛の牝馬だ。
調査兵団では、新兵のときにそれぞれ馬をあてがわれる。余程の問題がない限り、ずっと同じ馬がパートナーとなる。
「マヤ・ウィンディッシュ。これが君の馬だ… 名前はアルテミス」
マヤが初めてアルテミスを見たとき、とても気高く綺麗な馬だと思った。そっと右手を伸ばし、アルテミスの鼻先に差し出してみる。
ブブブブ。
アルテミスはマヤの手の匂いを嗅ぎ、甘えて鼻を鳴らした。
それを確認してから声をかける。
「アルテミス、私はマヤ。これからよろしくね」
そのまま右手をゆっくりと動かし、鼻にふれる。
やわらかく温かで、しっとりしているアルテミスの鼻。
「いい子ね」
そのまま鼻すじを撫でるとアルテミスが目を細めたので、今度は首すじをポンポンと叩いてやる。
ブブブブ、ブブブブ。
初対面にもかかわらず、あの瞬間からマヤとアルテミスは心を許し合う友となった。
壁外調査には、なくてはならない馬。
馬がいなければ、広大な壁外を移動することはままならず、また巨人から逃げることも敵わない。
そのため調査兵団の馬は、巨人を振りきれる速度のまま長時間走りつづけられるように、特別に品種改良されている。
最高速度が時速75~80km、馬のスタミナを温存する巡航時で35kmを持続。馬車をひかせた場合でも20km程度の速度が出せる。これはどんな悪路でも、石畳と変わらない走りをみせることが可能である。
品種改良の影響かその体躯はほぼ一律であり、体高は160cm、重量は450~500kg程度となっている。